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特集「ナンセンスは素敵だ」

2015年7月11日

特集「ナンセンスは素敵だ2」「チャタレイ夫人の恋人」を読む夫人(2010年 ホラー映画)

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監督 ニコラス・メディナ
出演 ホリー・サンプソン

ハレルヤ!

ホラー映画としたのはヒロインのひとりが幽霊だからです。そもそもタイトルからして人を喰っています。世界文学史上、性愛文学の巨峰「チャタレイ夫人」を読みながらヒロイン、サンドラ(ホリー・サンプソン)は「だれかに見られているような」あるいは「ふと妙な気に」なります。筋書きはもちろん本物の「チャタレイ夫人」のパクリです。かくもぬけぬけパクってしまうと、つべこべいう気力すら失せるというか、だまってなりゆきを見守るしかない、という、ただならぬバカバカしさにあふれた映画です。幽霊というのはサンドラの家に来た新入りのメイド、コニーのこと。サンドラはエリート・ビジネスマンの夫、チャールズが最近夜のお務めをご無沙汰、二言目に「忙しい、疲れた、手が離せない」を連発し、妻に尻を向けてパソコンに向かう。サンドラは憂さ晴らしに庭番の男とねんごろになった。どういうねんごろ状態かというと、古本の「チャタレイ夫人の恋人」をベッドで読むサンドラの両脚の間に、庭番はせっせと顔を埋めて、というマンガチックな構図が延々と続く▼だからサンドラは、家に第三者におられると情事にさしつかえるのである。チャールズはやさしく「家事はメイドにやらせろ。君は顔色がよくない。疲れているにちがいない」…そら、暇さえあれば庭番とゴチョゴチョだから疲れないほうがおかしい。しぶしぶサンドラはコニーを雇うが、彼女が着るのは水着みたいな制服で、たちまち庭番はヨダレを垂らす。コニーはあっというまに庭番を籠絡する。つぎなる目標は奥さまだ。朝食のトレーを持ってサンドラのベッドに近づき、さしたる用など全然ないのにベッドに腰をおろし、サンドラの腕やら肩やら意味ありげにさわりまくる。女ふたりはたちまち意気投合してはしゃぎまくり、奥様はクネクネと身をよじらせ、すっぽり脱いでハッスル。お元気だわね。セックスシーンだけのことをいうなら、ほかの映画だっていやというほどある。しかしこの映画の、男と女や、女同士やらのからみがきれいでもなければ美しくもない、一言でいえばこれまた、ただならぬつまらなさである。退屈きわまりない。ペタペタとてのひらで触る手つきはサルみたいだし、ペロペロ乳頭を舐めまくる分厚い舌は、牛のタンみたいで気色悪い。だいいち即物的で直接的な器官の性交だけを長々みせられても、しまいに(アーアまだやっている)となり、終わるまで(お茶にでもするか)となり、そのまたつぎは(早送り)である。この映画にうらみもツラミもないが、つまらないものはつまらないのだ▼話を幽霊にもどすと、コニーの正体はベラ・モンテス夫人です。冒頭のサンドラの会話を覚えておかないと、なんでこの名前がいきなり出てくるのか面食らいます。ベラはこの屋敷の女主人で、サンドラが読んでいる古本の「チャタレイ夫人」はベラの蔵書だった。彼女はサイレント時代の大女優だったが、映画がトーキーになって過去の人となり、忘れられた。つまり「サンセット大通り」のオマージュですね。元大女優は大金持ちで食べるには困らなかったけど、死んでも「男たちの注目」が欲しかった。そこで愛読書の「チャタレイ夫人」にとりつき、それを読む人の悩みを解決する手助けをすることにしたという現世意欲満々の調子のいい幽霊なのである。彼女は早速、夫とセックスがうまくいっていないサンドラの手助けをしようとチャールズに近づき、メイドとなって住み込み、チャールズと仲良く、奥様とも昵懇の間柄になり、コニーのおかげで3人とも幸せに楽しく暮らすという、人をバカにした映画の極北に位置する。ホリー・サンプソンとニコラス・メディナ監督は「エマニエル夫人~秘められた快楽の日々」を撮っている。エマニエルはシルビア・クリスタルの第一作以外こりごりしたからもう見ないが、ほかの作品に「レディ・フランケン」とか「エロチック・マンション」とか「タイムスリップ・ストリップ」がある▼ついでだから書いておこう。破滅する快楽と欲望の渦巻く作品を撮り続けた写真家にトニー・ワードがいます。ハード・オナニー、淫乱の乱舞、性器の露出とあからさまなセックスの描写は悪趣味を通り越した残酷さにあふれている。なぜトニー・ワードかというと、彼の写真と本作には同じようなポーズがいくつかあるのですが、比べると映画のほうは単純で明るく、メルヘンチックでさえある。セックスや人間の欲望のもつ奥深さや冥さや、複雑怪奇にからみあったいくつもの倒錯を、映画はきれいさっぱり置き忘れたように単細胞組成でできあがっています。変態もなければ綾も織りも、屈折も猛々しいセックスもなく、セックスとはインサートがすべてであるという讃歌に終始する。開いた口のふさがらぬ単純さは、やけくそで「ハレルヤ!」とでもいうしかない。

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