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特集「ナンセンスは素敵だ」

2015年7月14日

特集「ナンセンスは素敵だ2」グエムル/漢江の怪物(2006年 サスペンス映画)

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監督 ボン・ジュノ
出演 ソン・ガンホ/コ・アソン

ワケわからんけど最高

ボン・ジュノ監督と主役のソン・ガンホ。このふたり最新作「スノーピアサー」でも組んでいましたね。地球に生き残った最後の人類を収容するただひとつの機関が、氷河期の地上を走る弾丸列車、という設定と「グエルム」には監督好みの相似がありますね。怪獣ものとガラリちがった傑作「母なる証明」にもそれは通底していました。つまり極限状態に追い込まれた男や女が、最高のパワーを炸裂させる「神話」にも近いコリアン・テイストです。内容は、韓国に駐留するアメリカ軍が、極秘の化学実験に用いる毒物を適切に処理せず漢江に垂れ流した、その数年後突然変異で出現し、大河に棲息していた謎の生物と、死闘をくりひろげる家族の物語です。怪物誕生はアメリカの行き過ぎた実験のためであり、違法廃棄物のために生じた生物は残虐な性質、ところが政府はアメリカに屈し、怪物退治のためなら国民を巻き添えにする、というお膳立てもしっかりしていますし。でもやっぱりこの家族一家のキャラが最高ですね。軍人でも特殊部隊でも警察でもない平凡で弱小な市民が、全知全能をあげて怪物から娘を救おうとします▼「96時間」のリーアム・ニーソンと本作のソン・ガンホは東西最強の「親父力」です。ソン・ガンホ扮する売店の親父カンドゥは娘ヒョンソ(コ・アソン)を溺愛している。娘が生き甲斐である。カンドゥには弟と妹がいる。弟は兄弟のなかでただひとり大学までだしてもらい、成績も優秀なのに学生運動に身を呈し、火炎ビンを作るのだけはうまいが、プータローである。妹は高校のアーチェリー部の選手。たぐいまれな集中力の持ち主であり、大会で銅メダルを取った。弟や妹がいつも居眠りしているカンドゥを、内心バカにしているのを父親は嘆く。彼が弟妹に言ってきかせるには「カンドゥはもともと頭のいい子だった。あの子が店の前に座っているとだれもが道をたずねるのだ。だれだって道を尋ねるときは賢そうな相手を選ぶだろう。カンドゥはそんな賢い子だった。でも早くに母親を亡くしたせいで食べ盛りにタンパク質が足りず、大人になってもいつもあんなふうに、うつらうつらしている。カンドゥにやさしくしてやれ」▼橋からぶらさがっていた黒いモンスターが河原の人間を襲い食い始めた。カンドゥは夢中で娘の手を引き走ったところ、気がつけば別の女の子だった。娘は、とみれば怪物が口にくわえ、漢江に戻るところではないか。市民の避難所となった体育館みたいなところでパク兄妹とじい様はヒョンソの死を泣く。弟は「知っているぞ、聞いたぞ。お前は知らない女の子の手を引いて逃げていたそうじゃないか」とカンドゥを責める。「知らなかったンだ。ヒョンソだと思っていたのだ」とカンドゥは泣きながら認める。非常事態にもどこかピントのずれている兄弟がおかしい。そこへケータイが。「パパ、パパなの。わたしよ、ヒョンソよ」。娘は生きていた。カンドゥは娘がいう「大きな溝の中」をつきとめ、怪物の手元から娘を取り戻しにいくと決める▼グエルムとは怪物の意味。CGがとてもよくできていて、両生類に似た生物のヌルヌルした巨体が、瞬間移動する。なにしろこいつ、都合が悪くなると一直線に漢江に身を躍らせるから始末が悪い。非常な悪食で口にはいるものすべてを胃袋におさめ、一定時間ののち白い嵐のように骨だけ吐き出す。ヒョンソと小さな男の子だけが牢獄のような溝の底に投げ込まれ、いつ食われるか、いつ食われるか…。怪物は長い蛇のような尻尾で、どんな隙間もこじあけます。エイリアンが二本足で疾駆する破壊と殺戮の陽の怪物だとしたら、グエムルはぬめぬめと這いまわる陰の怪物です。足も胴体の途中に生えている短い手のような足のようなものを含めたら複数本あったみたいです▼カンドゥは怪物の血液にさわったという理由でウィルス感染の疑いがあるとされ、病院に隔離、大脳からウィルスを抽出するという奇妙な手術を施される。カンドゥの特異な脳はでも手術を受け付けない。彼は術衣のまま逃走し、弟と妹が得た情報を頼りに大橋の北にある深い暗渠にたどりつく。いきがけに弟はホームレスの焼酎を何本かリュックに詰める。妹はアーチェリーを携える。父親はカンドゥが残留弾丸の数をまちがえて教えたために怪物に殺される。警察もアメリカ軍も怪物退治に出動はするが、ボン・ジュノ監督は国家と官僚体制にひとつも活躍させない。体を張って怪物に立ち向かうのは、アタマが弱いとバカにされていたカンドゥと、わけはわからないが姪を助けようと、手製の火炎ビンと弓矢を持って走り回る若い叔父と叔母なのだ。彼らの行動はワイルドで体当たりだ。でも結局なにに観客が突き動かされるのかというと、わけのわからない彼らの肉弾戦なのだ。ひょっとしてこの映画のグエムルとは、人間の中にある「わけのわからない形容しがたい何か」が形を取ったのではないか。そう考えてもおかしくない。

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