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特集「ザ・クラシックス」

2015年7月28日

特集「ザ・クラシックス2」レイチェルの結婚(2009年 家族映画)

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監督 ジョナサン・デミ
出演 アン・ハサウェイ/ローズマリー・デウィット/デブラ・ウィンガー

幸せだった事実

これがジョナサン・デミの監督なのだろうかと最初疑いました。スローモーで調子のあがらない前半。結婚式前夜のパーティで延々と続く退屈な祝辞。デミはわざとこんな場面を作って映画をリアルにしているのか…でもなかったのね。ヒロインのキム(アン・ハサウェイ)は薬物治療のため10年間リハビリ施設に入退院を繰り返している。姉レイチェル(ローズマリー・デウィット)の結婚式に出席するため施設から外出許可を得て実家にもどってくる。両親は離婚し家には姉と父親がいる。父親はキムを気遣いあれこれと言葉をかけるが、キムはいい加減な返事しかしない。花嫁の付添人が姉の親友エマだとわかり、なぜ自分じゃないのかと姉に食ってかかる。早くも風雲を呼ぶ問題児キム▼エマが譲りキムが付添人となった。キムは感受性の強い傷つきやすい娘です。幼い弟が事故で死んだとき面倒をみていたのがキムで、ドラッグで頭がふらふらしていた。自分のせいで弟を死なせた罪の意識からキムは立ち直れない。性格もひねくれ、両親は姉ばかり可愛がるとか、自分は悪魔で姉は天使だとか。父と母は息子の死がもとでギクシャクし離婚した。キムは母がいなくなって、自分に味方してくれる人はだれもいないと、ますます孤独に落ち込む。姉はドクターコースの秀才。キムのヒガミはねじれた飴みたいに練り固まっている。父親が自分を腫れ物にさわるようにやさしくするのも気にいらない。どうせわたしは出来損ないだとツンケンする。スピーチの順番がキムにまわってきた「わたしは姉の結婚式のため施設から帰ってきた」と、黙っていればだれも触れようとしない話題を自分からバラし「いろんな人をさんざんな目にあわせ、14歳の女の子に近づくなと裁判所命令がでた」…出席者は作り笑いでその場をとりつくろうが、目のやり場にさえ困る。姉は姉で「パパ、なんでキムばかりかばうの」と父親に食ってかかり、妹に向かっては「パパやママはアンタにかかりきり、わたしはいつもひとりぼっち。弟は死んだ。キムは家族なんかどうでもいいのよ」キムも負けていない。「弟を殺したからって、わたしが愛情を求めちゃいけないの!」。キムの矛先はママにも向かう。「なぜイーサン(弟)をわたしに預けたのよ。わたしが麻薬常習犯だってこと知っていたでしょ。食べては吐き、吐いては食べていた。そんなわたしになぜイーサンを任せたの?」逆ねじを巻くのもいいところだが、母親のアビー(デブラ・ウィンガー)は「弟といっしょだとあなたが落ち着いたからよ」。それでも言い募るキムに平手打ちを食らわすと、なんと、キムもやり返す。気の強い母娘である▼結婚式本番のために美容院に行った姉妹。姉はキムに近づいた青年が、施設でいっしょだったとわかる。彼はなつかしそうにこうキムに話しかけた。「君に勇気をもらった。君と姉さんは叔父さんに乱暴され、姉さんは拒食症になり20キロに痩せた姉さんのベッドのそばに君は付き添った。あの告白は衝撃的だった。おれ自身父親に虐待を受けていたから」レイチェルは美容院を飛び出し妹に怒りまくる。「いつわたしが拒食症に、いつあなたがわたしのベッドに付き添ったのよ。わたしたちにはレイプする叔父もいない。よくもこれだけ嘘をつけるわね!」そしてブチ切れ父親に叫ぶ「キムが憎い!」まあ、わからんでもないですけどね(笑)。キムが「どうぞなにも騒動を起こしてくれませんように」ただひたすら無事に結婚式が終わるよう祈っていたが、これでもかとトラブルを起こす妹に姉は逆上する。血をわけた姉妹だからこそ、お互いの痛いところを突けるのだ。このあたりからやっとデミらしいペースになってきました▼いよいよ式の当日を迎えた。ゲストたちに妊娠したことを打ち明けた晴れやかな姉の笑顔に、キムはますます疎外感を募らせる。ドレスに着替えなければならない。レイチェルはキムにお風呂に入るようにいい、湯につかった妹の体を洗ってやる。キムの肩に「イーサン」というタトゥがある。妹の心から一生イーサンの傷が癒やされることはあるまいと姉は悟る。女が女の体を洗ってあげるって、やさしさを示す意味深なシーンによく用いられます。「ジア/裸のスーパーモデル」にも「ドミニクの歌」にもありました。安部公房は「砂の女」で「もし人間に魂というものがあるなら、それは皮膚にあるにちがいない」と書いています。それくらい人間の状況はつきつめれば裸にゆきつき、裸とは皮膚にほかならない。皮膚における女性の敏感さと受容性は、おそらく男性の比ではないと思います。キムはおとなしくなった獣のように姉に背中を洗われている▼式が終わった翌朝、キムを施設の車が迎えに来る。乗り込もうとする妹を姉は抱いてやる。このシーンに二通りの解釈がありましてね。ひとつは「トラブルメーカーのキムが引き上げてくれる、ヤレヤレ」あとひとつは「施設に戻る妹が不憫である」…わたしは後者です。わたしの妹であってもそう思いますね。迷惑ばかりかけられ、いつも腹を立てさせられ、こんなやついっそ死んじまえ、なんて思っても、だから愛していないことにはならないのです。家族ってそうなのよ。欠点やアタマにくるところはいっぱいあるのに、他人にそれを指摘されると事実であってムカッとする。大きなお世話だといいたくなる。ましてレイチェルはやさしく聡明ないいお姉さんです。キムは家族に守られてきた自分や弟が、まちがいなく幸福であった事実、愛があった事実はたとえそれが失われても、悲しんだり悲しまれたりする筋合いのものではない。それがわかれば自分の過去を許せると思います。

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