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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年8月1日

特集 LGBTー映画にみるゲイ132
フィラデルフィア(1993年 ゲイ映画)

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監督 ジョナサン・デミ
出演 トム・ハンクス/デンゼル・ワシントン/ジェイソン・ロバーツ/アントニオ・バンデラス/ジョアン・ウッドワード/ロジャー・コーマン

開かれる扉

ゲイ映画なら絶対この映画を、と強い推薦のあった本作。お待たせしました、やっとアップにこぎつけました。ジョナサン・デミが「羊たちの沈黙」にアカデミー主要四大賞(作品・監督・主演男女優賞)をもたらした直後とはいえ、これだけの俳優がよく出演したと思えます。石を投げたらオスカー受賞者に当たる。主演の弁護士アンディにトム・ハンクス、彼の所属する法律事務所のトップにジェーソン・ロバーツ(「大統領の陰謀」)、アンディの弁護士ジョーにデンゼル・ワシントン(「グローリー」)、デミが「最後は泣き落とし」でOKさせたジョアン・ウッドワード(アンディの母=「イヴの三つの顔」)、敵方の女性弁護士にメアリー・スティーンバージェン(「メルビンとハワード」)、デミの師匠格ロジャー・コーマンが証人のひとりで。裁判長はデミ映画の常連チャールズ・ネイピア。わずか数分のシーンの図書館員に、名脇役トレイシー・ウォルター。水も漏れ出ぬ布陣です▼映画の核にあるのはゲイへの嫌悪です。もちろんエイズへの差別もありますが、エイズ問題は同性愛をぬきに語れない。エイズに同性愛がからむことによって差別と偏見は激しさを増し、彼らが死に至る以前に社会的な死を強いていました。差別とは自分自身の意見や物の見方を立ち上げる前に、育った環境や社会の通念に左右されます。人物差別や性的嗜好を差別する傾向が周囲に強ければ、どうしても影響を受けざるをえません。アンディを弁護することになるジョーも、同性愛者に対する嫌悪があります。差別をいけないことと思いながら偏見を棄てられずにいる、あるいは棄てるべきだと努力している。1990年代とは、ゲイ解放が注目され始めた時代ですが、まだまだエイズの患者といっしょに食事はしない、握手もしない、そんなあからさまな態度が根強かったのです。デミは「いい映画には必ず中心にラブ・ストーリーがある」と指摘しています。本作も大きなラブ・ストーリーです。アンディとパートナーのミゲル(アントニオ・バンデラス)が恋人同士だという関係も、もちろんそうです、アンディとジョーの間の友情もラブ・ストーリーだといえます。図書館でアンディが排斥される現場を目撃したジョーが、ひとり社会の偏見と闘おうとしているアンディに深い共感を覚え、最初断った弁護を引き受ける。病状の進行とともに体力を失い、証人席に座っているのもやっとのアンディに、ジョーはエイズのカポジ肉腫をみせるようにいいます。なにゆえこんな屈辱をアンディに与えるのか。法廷に一瞬緊張が走りますが、アンディは不自由な指でシャツのボタンをはずし、ネクタイをゆるめ、胸をはだける。点々とちらばる赤い斑点に、傍聴人は目をそむけます。その衝撃は理屈では到底できなかったであろう、患者への深い同情と憐憫をよび起こし、これが裁判の流れを決定しました。ジョーの作戦勝ちです。アンディはゆるゆるシャツのボタンをとめながら(…)ジョーにだけわかる目配せをする。ここは(やったね)(やったぞ)ですね▼アンディはフィラデルフィアの、一流法律事務所で将来を嘱望された若手弁護士だったが、上級職を目前に解雇される。幹部たちは理由がエイズによるものとはひとことも言わず、アンディの能力のせいにしますが、これがまずかった。アンディは優秀な弁護士であり自分の能力に自信を持ち、なにより仕事が好きだった。大好きな仕事を取り上げられた不当な扱いが、彼の怒りをかきたて闘争に向かわせた。凡庸な弁護士なら大手事務所を相手に訴訟など考えもしないはずです。ゲイとエイズはまだ映画界の二大タブーであったとデミは言います。社会にあってもたぶんそうだったでしょう。エイズとゲイというダブルパンチのアンディを、弁護しようとするだれもみあたらず、何軒もの事務所から断られた挙句、訪ねた弁護士がジョーでした。このふたりは冒頭で原告と被告の、いわば敵対する弁護士として登場しています。ラスト、アンディの病状は重くだれの目にも最期の迫っていることがわかる。ジョーが見舞いにくる。アンディはここへ座れと動く指で軽くベッドを叩く。ジョーがためらいなくアンディのそばに腰をおろし握手する。たったこれだけのタッチですがアンディには充分でした。「君のおかげだよ。弁護士さん」「おみごと、弁護士さん」ふたりの弁護士はお互いをたたえあい、ジョーは「じゃ」軽く言って病室を去る。ミゲルだけを残し両親も友人たちも出て行く。ひとり残って自分を見つめるミゲルに、アンディがいうセリフは「これで逝けるよ」▼デミは「ぼくたちの望みは、差別への扉を開くことだった。ゲイとエイズに対するジョーの理解と努力に共感した観客たちが、映画館を出るとき偏見をもつまい、と思ってほしかった」と制作意図を述べています。本作から22年、ゲイで苦しむ人に、扉はどこまで開かれたでしょうか。

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