女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年8月6日

特集 LGBTー映画にみるゲイ137
柔らかな肌(2009年 ゲイ映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ヘスース・ガライ
出演 ディアナ・ゴメス/アリアドナ・カブロル

「めでたし」で、マアいいか

出演する俳優によって、その映画の好き嫌いを決めるのは多分邪道にちがいない。役柄であれ、俳優であれ、好感が持てる、持てないは、しかしどうしようもなく、あるのではないだろうか。早い話、大女優とか伝説の域に入った男優とかになると、演技の出来・不出来なんかどうでもいい、評論家がなにをいおうと馬耳東風。映画ではなく、惚れ込んでいる彼や彼女を見に行くという現実は確固としてある。濃い映画ファンであればあるほど、彼らの偏愛ぶりに余人は入り込みがたし。彼らは変人なのだから変人ぶりを理解しようとしても時間のムダだ。そういう人種と映画の愛し方があるということだけ、知っていただいたうえで話を進めます▼クダクダと前置きしたのは、どこから見てもわかりやすいこの映画を、いい映画だった、よくできていた、真摯なラブストーリーだったと、簡単に書いて事足れりとしまうのが物足りないほど、微笑ましいオープンゲイの映画なのだ。描き方は古典的ともいえる正攻法である。ヒロインはふたりとも18歳くらいだろう。大学でキャンパスライフを楽しむアジア(ディアナ・ゴメス)がある日食堂で、本を読んでいるエロイーズ(アリアドナ・カブロル)を見かける。アジアの女友だちらは、あの子は宇宙崇拝の得体の知れない宗教のグループに属し、彼女はレズである、友達もいない、と陰口を吹き込む▼アジアは群れに属さず、孤独に読書するエロイーズに惹かれる。彼女が読んでいるのは「デミアン」だった。校庭で「モデル募集、希望者は美術部まで」と書いたポスターをみてアジアは部室に行く。ひとりで木炭デッサンしていたのはエロイーズで、アジアはモデルになることを承知する。理由はこうだ「本能に従ってみようと思ったの。本が導いたのよ」。「デミアン」が恋の導きになるなど思いもよらなかったが、どだい人を好きになるなんて、わけのわからない最たるものだからマアいいか。エロイーズのアリアドナは、ちょっとペネロペ・クルスに似た野性的な美人である。アジアはエロイーズに会いたくてたまらなくなる。勢いのまま初めて一夜をともにし、翌朝後悔して二度と会うまいと思ったが、いつのまにかエロイーズのことを考えて泣いている。講義もうわのそら、ボーイフレンドもそっちのけである。ふらふらとエロイーズの部屋まで来て、ドアの前の階段にしゃがみこんでしまった。帰宅してアジアがいることに気がついたエロイーズは、思わず微笑がこみあがり、うれしくてアジアの頬をつねったりする。要はなにを考えているのか、心のなかがよくわかる女の子たちなのです。全然ややこしくない。駆け引きも何もない。人にはこんな時期があるのだなあ、まあそれもいいか、と思ってしまうのです(笑)▼ボーイフレンドは母親のお気に入り。母親は本能的にエロイーズに危険な匂いを感じる。ふたりだけで初めて過ごす夜。高級ホテルのプールに忍び込んで泳ぐシーンが幻想的です。エロイーズはアジアにヌードモデルを頼む。アジアは承知する。劇中わりとスルスル、どっちも抵抗なく裸になります。泳ぐシーンといい、モデルのときといい、ベッドシーンといい、アジアが深く考えないところがとてもいい。軽薄だという意味ではなく、エロイーズを信頼しきっているところが、です。アジアは思慮のない子ではありませんが、考えても仕方のないものは考えない、エロイーズとはこうなるのが自分にとっていちばん自然だったのだと年不相応なくらい落ち着いている。でも母親はそうはいかない。娘とボーイフレンドをバレエの鑑賞にいかせたあと、エロイーズを呼んで娘と会わないでほしいと言う。「命令ですか、それは」とエロイーズが聞き返す。この子もしっかり硬派でしてね「アジアは自分で判断できます。人目を気にして娘の幸福を壊すのですか」「あなたといてなにが幸せよ」「話してもムダ」エロイーズとすれちがいにアジアが帰ってくる。なにが起きたかさとったアジアはエロイーズを追いかける。呼び止めるボーイフレンドの声にアジアが振り向いた場所は横断歩道、そこへトラックが直進してきた…▼重傷を負ったアジアの回想という形でプロットは進んできました。母親が、ボーイフレンドや大学の親友たちが手術終了を待っている。エロイーズもひとり離れて待っています。そこを無人のベッドが通り過ぎ、病室に主のいないベッドが運び込まれた。ボーイフレンドや友達らが泣いている。母親はエロイーズが持ってきたお見舞いの絵を、一度はごみ箱に捨てたが、拾い上げてエロイーズに返す。つまりアジアは死んだのね。そう思うでしょ。でもね、続くシーンではアジアとエロイーズはふたりで手を取って旅行に出るのだ。長距離バスに乗って大きな荷物を作って。さっぱりと片付いた部屋のドアを閉めるアジア。バスターミナルでチケットを買ったエロイーズがアジアに手渡し、笑いながらキスする。かつてはエロイーズの振る舞いにどぎまぎしていたアジアも今は平気で受け、バスに乗り、エロイーズはアジアの胸にもたれて眠っている。なんなの、このシーン。アジアとエロイーズが思い描いていた未来の幻想? それにしてはいやに具体的だわね。冒頭アジアの独白がある。「エロイーズ、いやな夢を見たの。わたしが死ぬ夢よ。でもただの夢だから安心して」死んじゃいないとしたら、あのカラのベッドはアジアが集中治療室にでも移されたってこと? そういや、死んだとだれも言わなかったし、ママはこわい顔をしていたけど、これはまだ予断を許さぬ症状だったからか。アジアは回復し無事退院、元気になって母親の過干渉を離れ、エロイーズと暮らし、旅の好きな彼女と遠い旅行にめでたく出かけましたってことか。空港じゃなく長距離バスだってことはメキシコにいるエロイーズの両親でもたずねていくのか。好きに考えてくれって感じね。ちょっとずるい作り方だけど、気分の悪い映画じゃなかったから、まあいいか。

Pocket
LINEで送る