女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年8月13日

特集 LGBTー映画にみるゲイ144
ひめごと(2003年 ゲイ映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ジャン=クロード・ブリソー
出演 サブリナ・セヴク/コラリー・ルヴェル

忘れたことのない彼女

ヒロインふたり、サンドリーヌ(サブリナ・セヴク)とナタリー(コラリー・ルヴェル)が劇中自分たちは同性愛ではないと念を押すのよね。ンなことないだろ、言葉はともかく、ふたりでやっていることみたら。この映画はフランスの映画誌「カイエ・デ・シネマ」ベスト10の1位に選ばれていました。同誌はだいたい作家主義の強い雑誌でしょう、どんな難解な映画かと思ったら、やっぱり途中からよくわからなくなったわ。主人公たちが計画した〈若さとセックスで人生を制覇する〉という戦略も、彼女らはどっちもきれいだし頭もよさそうだから、一笑にふすまでもなさそうだ。だから前半は「?」と首をかしげながらもついていけるのだけど、中盤から変な男が出てきましてね。サンドリーヌは彼をみた瞬間、彼の美しさに我を忘れたと独白するのですけど、これがかア?▼どうみても目を疑うけどまあ百歩を譲ろう。彼クリストフは次期社長。創業者である現社長の父親は病気でふせっていて、クリストフはときたま会社に顔をみせるだけである。彼には女が抗しがたい魅力があり、しかも関係した女をあっさり棄ててしまい、彼のために焼身自殺した女が二人もいる…サンドリーヌとナタリーは大企業後継者のクリストフに的を絞り、籠絡してあやつろうとするのだけど、ま、早い話彼を本気で愛したナタリーは、嫉妬のためクリストフを射殺して刑務所入り、サンドリーヌはクリストフが父親を納得させるためだけの偽装結婚の相手に選ばれ、めでたく結婚式をあげるのだけど、その当夜に父社長が死に、だれはばかることなく会社は自分の思い通り、偽装結婚なんかする必要はなくなった。サンドリーヌは地下にたむろする淫猥な男たちの餌食にされたあげく、玄関から叩き出される。それを物陰からみていたナタリーは、灯油のポリタンクを手にクリストフに近づき自分の頭にドボドボ、ポケットからライターを。サンドリーヌは金切り声でとめるが男は「ふん、勝手に死ね」とばかりクルリ背を向け、ナタリーはその背中にズドン▼クリストフがあっさりサンドリーヌを雑巾みたいに捨てるのは、彼が愛しているのはじつは妹のシャーロットなのだ。ナタリーを初めて屋敷に招いた夜も、妹と三人で妖しげなダンスかなんだかするのだけど、このとき燭台の火に照らされたクリストフの着ていたシャツが紫のシルクなのよ。岩石みたいにいかつい彼の容貌と体格に似合う代物じゃないの。いかにセレブでも次期社長でも、クリストフとはつまり、会社にこないで実務は古くからいる城代家老に任せ、仕事を覚えないだけでなく、女を追いかけまわし、怨みツラミを買うのが得意の男で(それをカリスマだと錯覚する女も女だが)、自分に似合う服もわからないセンスのうえ、近親相姦ときている、まして婚礼の夜、屋敷で乱交パーティを開くほどの悪趣味な男である、ここまでわかったらサンドリーヌだろうとナタリーだろうと、足元の明るいうちに尻に帆あげて退散するのが常識というものだろう。なにが「ひめごと」だ▼貧乏くじはナタリーである。サンドリーヌはクリストフが殺されたおかげで遺産はすべて相続し社長におさまり、シャーロットとばかに仲良くなり、リムジンを乗り回す。ムショ入りしたナタリーは刑期を終え、看守と結婚し子供をもうけた。ある日偶然ふたりは再会する。雨の日だった。夫と子供といっしょに地下鉄の入り口を降りようとしたナタリーはサンドリーヌ社長に気づき、近づいて抱擁する。ふたりは短く言葉をかわし別れた。サンドリーヌの独白はこうだ。「一日も彼女のことを忘れたことはない」。劇の最初の部分でこれから展開するすべてのできごとが、すでにクリストフの術中におちていたナタリーの計画だったと思わせるセリフがあるのですが、ナタリーの計画であったのだろうとなかったのだろうと、いい目をしたのはサンドリーヌだからね。勝てば官軍じゃない。ふたりで愛し合った日々もあった。ナタリーはわたしのあこがれだった、というサンドリーヌの告白でこの映画は始まります。映画の後半、まったく現実感のない荒唐無稽の展開になったけど、ラストの叙情はやはり凡庸な監督のセンスではない。このシーン3分くらいで「1位」選出は決まったのでしょうか。

Pocket
LINEで送る