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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年8月14日

特集 LGBTー映画にみるゲイ145
はじらい(2006年 ゲイ映画)

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監督 ジャン=クロード・ブリソー
出演 フレデリック・ヴァン・デン・ドリエッシ

不思議なナルシズム

「ひめごと」のつぎは「はじらい」ですか。ジャン=クロード・ブリソー監督は「ひめごと」のキャスティング・オーディションでふたりの女優に性的嫌がらせをしたという理由で有罪になり、1年間の執行猶予つき禁固刑となったほか、1万5000ユーロの罰金の支払い、女優たちの裁判経費の一部と慰謝料としての7500ユーロの支払いを命じられました。本作はそれをもとに作ったのだから、転んでもタダでは起きないということでしょうか▼映画監督のフランソワ(フレデリック・ヴァン・デン・ドリエッシ)は、「タブーと歓び」をテーマに女性の恍惚を映像にするべく、主演女優を選抜中。女優の卵だったり、若手の駆け出しだったり、あるいはずぶの素人だったり、いろんな応募者がくるが監督の説明(自慰してオルガズムに達してくれというもの)をきいてほとんどは引き下がる。監督の妻は(大丈夫?)と夫の神経を心配し「危険だわ」と警告するが、夫は無視。いっぺんに結論にとびますが、この映画ってとどのつまりブリソー監督のナルシズム映画ではないの。だって出演女優たちは監督を訴え、あるいは撮影から去り、映画は代役をたてて出来上がり成功したとなるのだが、ある日女優のひとりが監督に「わたしたちの愛に気がつかなかったあなたがまちがっていたわ」と打ち明ける。だれがだれを愛していたのですって? この冴えない中年親父に女優たちがこぞって愛を捧げていた? オーディションだかカメラテストだか知らないけど、くどくど何度もきわどいシーン撮り直し、アタマにくるのが普通だと思うのに、女の子たちは変態オヤジを愛していたから、なんとか映画を完成させようと頑張ったっていうのかよ▼この健気な女優たちは監督の指示で「タブーと実験映画」にチャレンジします。監督は「女性の真の歓びを知りたい」からこの映画を撮るのであり、かつ「君たちの官能性を見たい。記録したいのは優美な恍惚感だ。詩情と不安をおりまぜた官能的緊張感を撮りたいのだ」…こんな抽象的なこといわれてホイホイ演じられる女性がいたらお目にかかりたい。監督もこれでは通じないとわかったのか、途中から指示がガラリ具体的になる。たとえばレストランのテーブルの下でパンティを脱げとか、ふたりでお互いを触れとか、そこまで変わるか。ウェイトレスがやってきてきれいな若い女ふたりがテーブルの下でやっていることを察して目がらんらん。彼女はこのあとカメラテストを受けに来てトリプルに参加します。女優のひとりシャーロットは「ときどき悪魔が乗り移る」自覚症状があってかなり不安定な子である。彼女をはさんで三人の女が絡みあうところを堕天使ふたりがみている…▼堕天使たちは映画の冒頭に登場しています。フランソワは神様の選択で、人間界で破滅させられることに決まり、神様の命令を果たすために堕天使が降りてくるのですが、フランソワを可愛がっていたおばあちゃんが、堕天使たちに「あの子は知性と愚かさが同居している。ちょっと手加減してやってね」と耳打ちする。だから命までとられず裁判沙汰だけですんだのかもしれません。いちばん冴えているのはフランソワの奥さんです。「あの3人は魔女よ。あなたは呪われている。恐ろしいことが起きるわ。もうやめて」と懇願するのに「ぼくは神秘的なエクスタシーを伝えたいのだ」とあくまで自説に固執するフランソワ。奥さんは女だからダンナの胡散臭い屁理屈がよくわかっている。「愛なしで絶頂には達しないわ。あっても難しいのに」と覚めた、でもホントのことを言うのにダンナはかす耳を持たない▼カメラテストは暗礁に乗り上げ撮影どころじゃなくなった。結局「あなたはわたしたちを利用しただけ」と責める女たちは解雇され、新たに代役をたて、映画を続行しようという監督を女優たちは訴える。奥さんは家を出る。でもこのいわくつきの映画「ひめごと」がカイエ・デ・シネマの2002年度ベスト10の1位に選ばれたことでジャン=クロード・ブリソー監督はフランス映画界の「異端の作家」「トリュフォーの再来」と呼ばれるに至った。そうそう、堕天使のひとりはどうもフランソワに情が移ったようでなかなか彼を破滅させないのです。堕天使まで惚れ込ませるか。とめどなく過剰な彼のナルシズムは、いったいなにが根拠でなりたっているのでしょう。

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