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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年8月15日

特集 LGBTー映画にみるゲイ146
レズパラ(1996年 ゲイ映画)

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監督 ジェフ・B・ハーモン
出演 キルステン・H・スミス/ダニカ・シェリダン

新しい時代がくるよ

タイトルからして「いったいどんな映画やねん」と思いました。解説によれば「レズちゃんたちのパラダイス」略して「レズパラ」。人を喰った映画とはこれをいうのでしょう。オープニングは「バムファック村へようこそ/白人300人/牛5千頭/豚1万頭/馬1頭」のマンガティックな看板。村の教会の結婚式では新郎新婦が誓いを述べるシーン。新郎ディックはすらすらと、新婦エイプリル(キルステン・H・スミス)は無言。牧師が催促すると新婦はモノもいわず式場から逃げ出し、家に戻って拳銃自殺だ。文字で書くとおどろおどろしいが、マンガの駒割りみたいな展開である。ここでエイプリルが鏡のなかに逃避する、つまり家から逃げ出すのは象徴的です。ある意味「家」は時代の制度と文化の基盤であって、女たちは文字通り「家」と「庭」の囲いの中に束縛され行動を限定されていた、変化を望む女たちにとって「家」は「牢獄」に等しかったともいえます▼拳銃を発砲したとたんエイプリルは鏡の中に吸い込まれ、気がつくとそこはレズパラ島。女ばかりが歌い踊る陽気な島で、巨乳のブラッツ(ダニカ・シェリング)がリーダーだ。エイプリルは女が好きな自分の性的アイデンティティにめざめ、初めて身も心も解放される。島の女たちの打ち明け話しが歌で入る(この映画ミュージカルです)。父親から性的虐待を受けていた、夫に暴力を振るわれエンパイアステートビルから突き落とされかけた、死刑囚、自殺志願の女、ひどい目にあってきた彼女らは、この島でやっと自分を取り戻しパラダイスを謳歌している、というわけ。女だけではない。島にたったひとりの男、ゲイのランスは間違ってこの島に闖入してしまったが、ここでは男はトイレ掃除に床磨きなのだ。女たちは彼を「しもべオカマのランス」と呼ぶ。親孝行なエイプリルは「パパとママに黙って出てきちゃったの」と心配になり手紙をかくことにした。「パパ、ママ。じつはわたし女が好きなの。女の子に夢中なの。わたしは永遠のレスビアンよ」手紙を読んだパパは「娘がレズとわかっていたら堕ろしていたのに」と敬虔なクリスチャンにあるまじき言葉を口走る▼エイプリルをあきらめきれないディックはレズパラに行って彼女を取り返すと決心。庭に埋めてあった核爆弾に同梱されて島に到着。エイプリルを説得するがあえなく拒否されランスに出会い一転。ストレート人生をやめすべてをランスに捧げると決める。ランスはついに運命の彼が見つかった、爆弾はワシントンに送り返され爆発してワシントンは壊滅。エイプリルの両親は家にふたりだけになったことで、パパとママをやめ、男と女をもういちど復活、SMの儀式にはまりこむ。レズパラではランスとディックの、エイプリルとブラッツの結婚式が祝福を浴びながら行われた。いつ招待されたのか列席したパパとママは「これこそサイコーのハッピーエンドだ。おれたちはゲイじゃないけどここに住むよ」エイプリルは「レズパラ島はわたしたちのすべてなの」と感極まる▼全編これカリカチュア。高校の文化祭でももう少しマシなことやるだろうと思うケバケバのメークにベニヤ板みたいなセット、毒々しい原色の衣装。バムファック村という名前はそもそも「役立たず」のことか。どぎついセリフがいやになるシーンもあるのですが、この映画でいいたいのはつまり、ラストのこの歌にあるのだ。趣旨としては「新しい時代がやってくる。ゲイの時代がやってくる。もうどうしようもない。彼女はボーイフレンドと別れ過去は忘れた。ストレートは時代遅れ、ゲイの時代がやってくる。人工授精ができるのだから、性別だって選んでいいはず。おっぱい好きの男はブチのめしてしまえ。ゲイの時代が山の向こうからやってきた。新しい時代はニュースも変わる。ストレートのセックスは見つかるとヤバイことに。ゲイの時代がやってきたから、あらゆる差別はなくなり、ゲイが崇拝される。同性でも結婚する。ストレートは逮捕されるよ。時代の波を恐れることはない。ゲイの時代がやってきた。ハレルヤ」。この映画の公開は1996年ですね。それまでのゲイ映画の無情なリアリズム(最後にはゲイは死ぬ、リンチにあう、刑務所か精神病院送りになるなど)をみごとなまでに足蹴にしています。

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