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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年8月22日

特集 LGBTー映画にみるゲイ153
ケレル(1982年 ゲイ映画)

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監督 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
出演 ブラッド・デイヴィス/フランコ・ネロ/ジャンヌ・モロー

黙示録の天使

架空の港町ブレストを舞台に、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが人工的な舞台のような空間で、寓話的な男たちの物語を構築します。ファスビンダーはいうまでもなくニュー・ジャーマン・シネマの旗手。過労とオーバードゥースにより37歳で没しました。本作は遺作です。冒頭フランコ・ネロが扮する駆逐艦のセブロン大尉の独白で始まります。「殺人という言葉は海と水兵を連想させる。海と水兵に続く言葉は当然ながらセックスと暴力だ」。ひとりよがりもいいところのこの導入はさすがというべきか、観客をファスペンダーの寓話の中にひきずりこみます。殺人という言葉がなんで海と水兵を連想させるのか、トンデモ発想につべこべ説明など要らん、といわんばかりです▼そこに主人公ケレルが登場します。セブロンの言葉で言うとこうなります。「ケレルは海の上を歩く黙示録の天使…彼の肉体のなかに秘められた悪徳を見たい」なんという詩的な言葉。こういったセリフが随所にちりばめられている。原作はジャン・ジュネの「ブレストの乱暴者」です。セブロンは「水夫たちの裸の肉体を抱きしめたい。思うだけで涙があふれる」と恋い焦がれる。なかでも大尉の熱い視線が注がれるケレル(ブラッド・デイヴィス)は、彫刻のような肉体美の持ち主です。広い肩から続く盛り上がった胸筋。はちきれそうなシャツ。腰と腹はひきしまった逆三角形を描き、臀部はこりこりと機能的に動きながら大腿筋につながる。大尉はケレルを人知れず見つめながらうっとりと、その美しさをテープに吹き込む(なぜかソニーだ)▼ブレスト港に上陸する水夫たちは売春宿「ラ・フェリア」に行きます。そこの女主人リジアヌがジャンヌ・モロー。男ばかりの出演者のなかのただひとりの女優です。モローは54歳でした。若くはないが老年でもない、人生の疲れと闇が交錯する女の年齢を巧みに表出します。背徳をにじませるケレルをひと目見て惹かれる。女もこの年齢になると、男がやれ「やさしい」とか、やれ「お金持ち」だとか、やれ「笑顔が素敵」「社会的ステイタス」がどうのこうのなどを魅力に数えたりしない。そんなものはみなタワシでこすれば剥げ落ちるものであり消え去るものであって、ひとりでそこにいて男がなにを発散しているかが問題なのだ。男同士のゲイというこの映画で、リジアヌの男への思いは、到達不可能な愛であり悪徳や裏切りを含めた男同士の絆に、どうしても入り込めない孤独な愛です。ジャンヌ・モローとは一般的にいう女らしさの皆無な女優ですが、叶うはずのない愛を嘆きもせず溺れもせず、怨みもせず、去りゆくものを傍観する。非情であることが女の稀なる魅力であることを表現できる女優です▼本作の男たちはおしなべて犯罪者であり悪漢であり、殺人者です。好きな男の関心を呼ぶためにイカサマをやる、タレコミで刑務所に送る、麻薬の売買に手を出し証拠隠滅のため取引した相手を殺す。ケレルは渦の中心にいて犯罪と悪徳を撹拌し、男たちはケレルをめぐり欲望の輪舞を描きます。大尉は自らの欲望を抑圧し、せいぜいバーの伝言板に「モノが大きな少年を求む」くらいの落書きしかできない。そのぶん彼の観察は複眼の昆虫のように隠微で、精緻だ。スクリーンの色調は夕陽のオレンジ色でほぼ統一され、船の力仕事に携わる荒くれ男たちの肉体には玉汗が流れる。幾組みかの男たちのアンサンブルはみごとにみな陰気で退廃的です。性愛におけるタブーのなさ、不毛、成就しない約束、沈む太陽の前で男たちが繰り広げる愛のポテンシャルは、闇に咲く花のようだ▼ファスビンダーは男を愛したが、ドイツ映画史に特筆すべき女性キャラクターを生み出したことでも知られました。ハンナ・シグラが演じた「マリア・ブラウン」や「リリー・マルレーン」、バルバラ・スコヴァの「ローラ」はドイツ映画に国際的評価をもたらしました。スコヴァの最新作はファスビンダーとともにニュー・ジャーマン・シネマの中心となった女性監督、マルガレーテ・フォン・トロッタとともに撮った「ハンナ・アーレント」です。同作がドイツ映画賞の作品・監督・主演女優賞を独占したのは、2013年でした。

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