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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2015年8月24日

特集 LGBTー映画にみるゲイ155
暗い鏡(1946年 ゲイ映画)

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監督 ロバート・シオドマク
出演 オリヴィア・デ・ハヴィランド

女ハンニバル

オリヴィア・デ・ハヴィランドが双子の姉妹を演じます。私見ですし確たる根拠もないのですが、女優のタイプを「ベティ・デイビス型」と「マリリン・モンロー型」にわけています。あれこれ考えていて袋小路に入ったとき、かなり乱暴ですが思い切ってこのふたりのどっちのタイプだろう、そう切り口を変えると案外すらすら糸口がみえてくることがあります。いちばんわかりやすい判断基準としては「ラブリーであるかないか」つまり恋愛モノとコメディにあうのがモンロー型、完全に的外れなのがデイビス型。ただしモンローが生き延びることができていたら、デイビス型のフィールドで、類まれなファム・ファタールを演じたと信じています▼オリヴィア・デ・ハヴィランドはどっちか。考えるまでもない「デイビス型」です。彼女、正真正銘「良家の子女」でしてね、ケンブリッジ大学出身の父親が、東大教授として赴任しているとき東京で産まれた。母親は女優でした。父方の従兄弟ジェフリー・デ・ハヴィランドはイギリス空軍の爆撃機デ・ハヴィランド・モスキートの設計者でのちに航空機メーカー、デ・ハヴィランド・エアクラフトの創始者という超エリートにしてセレブの筋である。両親の離婚後、オリヴィアは母親の影響もあり舞台から映画入りします。当時の映画界に風雲を呼んだ「風とともに去りぬ」は、主演助演男女優の役取り合戦でも火花を散らし、お嬢さん役や軽いコメディに嫌気がさしていたオリヴィアは、メラニーこそ自分の役だと猛烈にアタック、ライバルを退け、みごとアカデミー助演女優賞にノミネーされます▼もともと頭がよく、飲み込みの早いオリヴィアが本領発揮するのはここから。清純かつ不運薄命だった「メラニー」をたちまち卒業し、つぎなる挑戦として選んだのがこれ「暗い鏡」でした。同年の出演作「遙かなる我が子」で彼女は待望のオスカー、しかも主演女優賞に輝きます。快挙にケチをつけるわけではないが、オリヴィアを不滅の女優にしたのはむしろ本作と翌年の「蛇の穴」の2本で、彼女は女優史上の特異点ともいえる「悪女」のキャラを確立した。悪女とか背徳の女いうのは、演技力もさることながら、それだけでやれるものではないと思います。内側から発酵する退廃の匂い、乾いた愛、からみあう欲望と絶望。ワルを演じてすばらしい女優というのは、それだけで複雑かつ洗練された知性をそなえている。確かに本作は、筋運びは図式的だし、登場人物が限られ、双子と鏡の相関性からして、結論はみえているようなものなのに観客は目が離せない。脇見させずにグイグイ引っ張っていくのが主演のオリヴィアの力強さでした。双子の姉ルースをはめようと、ルースの恋人の精神科医に迫るテリーが、上目遣いにチラッと医者をみる、人格がいれかわる瞬間のオリヴィアの視線だけでも、本作は映画の楽しさに思い至らせます▼わかった、わかった、で、いったいこの映画のどこがゲイなのか? ふうむ。それをいうと「またか」と思われるでしょう。でもそうなのです。妹テリーは姉ルースにボーイフレンドができた、ルースに養子話がもちあがった、ルースを可愛がる農場主の奥さんがいただけで、生まれ故郷ネブラルスカから姉を連れて出てくるのである。姉を独占したい、だれも近寄らせたくない、まして姉にプロポーズする男など生かしておけるかい。テリーはまるで母親のごとく、姉の世話をやく。いちいち帰宅時間をチェックしこまごまと報告させる。姉がデートしているとわかると睡眠薬を飲ませ、神経が参ってきた姉を抱き繰り返し「わたしがついているわ、生きている限りそばを離れないわ、なにが起きてもずっとそばにいるわ」とささやく。姉妹の愛情の域をとっくに超えています。姉が憎いのならさっさと殺せるのに、彼女が殺すのは姉ではなく男のほうではないですか。医師の診断によればテリーは殺人鬼である。このへんにもう少し綾がほしかったが、とってつけたような唐突な結論などいまからみれば退屈なだけ。確かにラストのどんでん返しは見事です。見事ですが、それと同時に本作が、オリヴィアによって女性ゴシックともいうべき女ハンニバルを、少なくともその造形の片鱗を、60年以上前に産み落としていたことを指摘したいです。

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