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特集「ベストコレクション」

2015年9月2日

特集「秋の夜長のベストコレクション」②ターミネーター:新起動/ジェニシス(2015年 SF映画)

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監督 アラン・テイラー
出演 アーノルド・シュワルツネッガー/ジェイソン・クラーク/エミリア・クラーク

ターミネーターよ、永遠なれ

「ターミネーター」5作目です。過去の「ターミネーター」全部みたけど、記憶にあるのはせいぜい「3」までなのよね。「4」になると地球防衛軍が何だとかカンだとか、スカイネットがどうしたとかこうしたとか、エピソードがだんだんパワーダウンしてつまらなくなった。「3」がかろうじて記憶にひっかかっているのは、クリストファー・ローケン、つまり女殺し屋ターミネーターのおかげよ。その意味で「2」は、液体窒素でバラバラになったにもかかわらず再生し、溶鉱炉に転落してとどめを刺される脅威の殺人マシーン、Tー1000が強烈だったからだわ。「5」は手短にいうと、「1」と「2」をレジュメして「5」につないだって感じ。人類の救世主ジョン・コナーが主人公だった「4」は影が薄くなり、そのかわり、今まですっかり過去の人だったジョン・コナーのお母さん、サラが若くたくましくなって完全カムバック。時間軸が入れ替わったとか、タイムマシーンのトラブルにより従来の設計とちがった時代にきてしまったとか、まことしやかな説明もあるにはあるが、要は「ターミネーター新起動」とは「ターミネーター原点復帰」のことなのよ▼だから理屈なんかどうでも、シュワちゃんを先頭に、出場者全員の暴れまくること、暴れまくること。めまぐるしい時系列の入れ代わりに、普通なら「人をバカにするのもいい加減にしろ」とアタマに来るところが「よしよし、こまかいことはどうでもいい、そうだ、ええい、やっちまえ!」とふしぎなくらい気前よくなるのよ。サラを9歳のときから守り、最強の戦士にそだてあげたのがTー800、初代ターミネーターという設定だ。シュワちゃんは半白の髪に額のしわも隠さず、決めセリフは「年は取った、でもポンコツではない」…彼が現れた途端、哀愁となつかしさがこみあがるのだから、このターミネーターどうなっているのだろう。一作目・二作目の監督ジェームズ・キャメロンが、親友シュワルツネッガーのために脚本に協力したというから、本作にどこかただよう叙情は、生みの親キャメロンの味付けであろう▼あれほど救世主とあがめまつられたジョン・コナーは、このたび地球と人類の敵である。ジェネシスという新手のコンピューターが起動すると人類は滅びる、カウントダウン「0」までに、旧式ターミネーターのシュワちゃんは、新式ターミネーターにバカにされながら、やられてもつぶされても立ち上がりサラと人類を守るのである。サラはカイルと結ばれてジョン・コナーを産むはずが、物語の時間軸が脇道に入ってしまい、息子であるはずのジョン・コナーと敵対する。カイルは将来自分の子を産むサラに、当然恋人の感情を抱くが、どっこい、彼女のそばには「おじさん」ターミネーターがピッタリくっついていて手も握れない。おまけにサラは徹頭徹尾「おじさん」を信頼している。おじさんは無口で、時々(イイ~)と前歯を剥いて笑う。「それ、気持ち悪いのだけど」とカイルが言うものの、サラは「慣れるわ」で終わり。「おじさん」はだれも信用せず、サラに近づく者をかたっぱし撃ち殺す。かなり野蛮である。カイルはそんな「おじさん」を「しょせん機械だ」と見下げるのだが、ためらうことなく自分を犠牲にし、顔がめくれても骨が出ても、胸に穴があいても、ボロボロになっても戦うことをやめない「おじさん」に、いつしか機械と人間の壁を超えた友情を感じる。シュワちゃんが愚直なまでに前向きに、ひたむきに「年を取った、でもポンコツではない」と繰り返すシーンにはホロリとします▼「2」では「帰ってくるぜ」と言ってどろどろの溶鉱炉に消えたシュワちゃんは、今回は液体窒素の冷凍地獄の中に沈みます。さらばシュワルツネッガー…とはならないのだ。場面転換、緑の地球、平和な農場に集う数人の、その関係を全部いえば、未来の父に母に、おじさんに息子、さっき液体窒素に消えたシュワちゃんは、品のいい初老のおじさんとなってサラ一家を見守るのだ。ターミネーターよ永遠なれ。6作目はまちがいなく制作され、シュワちゃんは死ぬまでターミネーターを演じ、映画史上の伝説となるであろう。

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