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特集「ベストコレクション」

2015年9月4日

特集「秋の夜長のベストコレクション」④アメリカン・スナイパー(2015年 事実に基づく映画)

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監督 クリント・イーストウッド
出演 ブラッドリー・クーパー/シエナ・ミラー

クリス(ブラッドリー・クーパー)は少年のころ父親からこう教わる。「人間には3種類いる。羊に狼に番犬だ。お前は弱い羊を守る番犬になれ、狼にはなるな」。クリスは1998年、タンザニアとケニアのアメリカ大使館爆破事件をテレビでみて、愛国心から海兵隊に志願する。30歳だった。彼のそれまでの日常といえば週末は弟とロデオばかり、充実しているとはお世辞にもいえなかった20代を彼なりに清算しようとしたと思える。海兵隊は彼の資質にあった。海兵隊員を守る狙撃手として頭角を現す。本作のテーマは「兵士とその家族」だ。戦争は国だけの問題でなく、個人と家族をも破壊していく。イラクの戦場に4回派遣され、無傷で生還した主人公が、自国で、自分のPTSD(心的外傷後ストレス)経験を役立て、同じ心の病に悩む兵士エディ・レイ・ルース(当時25歳)を助けようとして殺されるのだ。38歳だった▼クリスは弟とイラクで会う。「もう疲れた。故郷に帰る。こんなところクソだ。おれたちは正しいのか?」「おれたちが国を守っているのだ。史上最強の祖国をおれたちが守っているのだ」と胸を張って答える。戦争のなにが正しいかだれにもわからない。殺される前に殺すのが戦争原理であり、しかも狙撃手となれば相手が女子供でも、疑わしきは殺す。引き金をひくのにためらいはない。クリスは4回の派遣で160人を射殺し、「伝説」と呼ばれるようになる。クリント・イーストウッドは彼のほとんどの作品がそうであるように、むやみに感情や批判をまじえず、淡々と事実描写に徹している。派手な盛り上がりも見せ場もない。狙撃手の戦場での任務は基本的に家宅捜索である。敵が潜伏していないか建物や家屋に一軒一軒踏み込んで捜索し、安全を確認する。あるいは屋上で待機し敵の狙撃手から味方を守る。だからスクリーンに映るのは、銃口を構えるクリスや、建物を調べに入る狙撃班や、我慢強く待機する狙撃手たちの一挙手一投足だ。およそ劇的な動きとか盛り上がりとは程遠いシーンがこつこつと積み上げられていく。一見ドキュメンタリーふうだが、そうではない。執拗なほどのクリスのアップをみていると、観客まで脇の下に汗がにじむ。本作はクリントの映画で過去最高の興収だったが、この原動力になったのは、家庭面でのクリス、とくに妻タヤを演じたシエナ・ミラーの功績が大きい。彼女は夫の愛国心を疑わなかったが、帰国するたびに心がからっぽな夫をみるたび不安が広がる。夫は普通の状態ではないと直感し、なかばだますようにして医者に連れて行く。血圧が異常に高いと医師に指摘されると、日常生活に不都合はない、あとは自分で対応すると検査も診察も拒否して帰る。長男が生まれるが、クリスは戦場に戻る。イラクの部隊にいるほうが彼は落ち着くし、自分の居場所だと思えるのだ▼戦争でアメリカ人が殺されているのに、国にいるやつはひとつも悲しんでいない、平和であり幸福そうで、戦場でなにが起こっているか知ろうともしない。これが命にかえて守ろうとしている国と国民か。クリスのギャップはますます深くなり、自分を受け入れてくれるのは平和な故郷ではなく、殺しあう戦地である、少なくともその場所に彼は適合を見出す。ますます孤独になり、心がしだいに家族から離れていく夫を見る妻。ベトナム、アフガン、イラク、アメリカが戦争をくりかえすたび、何万人の妻が抱いた不安と恐怖を体現するのがタヤだ。タヤに共鳴するアメリカ中の女性の存在がヒットの原動力につながっている。心を病むとひとことでいうが、だれがわかるだろう。スクリーンには義足となった兵士、失明、義手、さまざまな肉体の損傷を被った若い兵士たちが登場する。遺体となって帰国することももちろんある。しかし心の損傷はいちばん身近にいる者に、家族や子供に、まず放射される。クリントはこのあたりをくどくど描かない。彼は「愛する家族から離れたくなかったが、同時にいっしょに戦う友人や同志を守りたかった」というクリスの言葉に共鳴して監督を引き受けたと言っている。なにが正しいかだれにもわからない、主人公は自分が間違っていないと自信をもちながら、その正しさを遂行することによって、家族が必ずしも幸福になっていないことに、自信を失う。見方によれば愛国者というより、クリスは偏執狂的で単なる狙撃マニアなのかもしれない、だから自ら進んで4回も戦争に参加するのだといえばいえるだろう。人が生きる現実の舞台は、ほとんど広い深いグレーゾーンであり、白でもなければ黒でもない。善悪が明確に二項対立としてなどはない。だれしも自分の心の不分明な灰色の部分に耐えている。戦争の正義を問う愚かさより、わからないことをかかえ、曖昧さに耐えて生きていくことのほうが正しいのだ。これは監督になって以来、映画をつくるクリントのかわらぬ立脚点であり、その意味では同じ戦争映画の「父親たちの星条旗」や「硫黄島のからの手紙」もさることながら、「真夜中のサバナ」や「ミスティック・リバー」の持つ叙情性に近い。

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