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特集「ベストコレクション」

2015年9月5日

特集「秋の夜長のベストコレクション」⑤毛皮のヴィーナス(2014年 ファンタジー映画)

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監督 ロマン・ポランスキー
出演 エマニュエル・セニエ/マチュー・アマルリック

女神を舐めるな、よ

さんざん観客を振り回してきたロマン・ポランスキー監督がラストに種明かしをしてくれます。最後まで突っぱねた「ローズマリーの赤ちゃん」なんかに比べると、ポランスキーもやさしくなったのだ(笑)。本作は二人舞台ですが、場所と人物をきわめて限定する設定は彼の得意とするところで、「ローズマリー」はアパートとその住人、「赤い航路」は二組の夫婦と豪華客船の船内、「おとなのけんか」はマンションの一室に二組の夫婦、「反撥」に至ってはカトリーヌ・ドヌーヴの一人舞台に等しい。映画はパリの小雨降る夕暮れ、オリエンタル風の音楽に誘われ、古びた劇場にカメラが近づく。観客を招き入れるようにドアがひとりでに開く。閑散とした舞台。早々と主演のワンダ(エマニュエル・セニエ)とトマ(マチュー・アマルリック)が登場する▼自分の脚色による舞台の主役女優のオーディション。トマは「バカ女ばかりでろくなやつがこなかった」とぼろくそにいいながら帰り支度をする。そこへワンダと名乗る中年の女が現れ、オーディションを受けさせてくれと頼む。トマの最も軽蔑するタイプでトマは断るが、ワンダは「出演作は少ないけど、わたしの才能はすごいのよ」と強引な売り込み。「ヘッダカブラー」は絶賛されたと自画自賛する。上演したのは「尿瓶劇場よ」と妙な劇場の名をあげる。トマがどうしてもウンといわないので荷物をかきあつめマスカラがはげるほど泣く。トマは可哀想になってちょっと話し相手になる。原作はマゾッホの「毛皮を着たヴィーナス」だというと、オーストリア語の原書で読んだのかとワンダは仰天、トマはさりげなくそうだと言い、1870年に出版されると非難が殺到したと教え「これはでも美しい愛の物語なのだ」。ワンダはケロリと「わたしにはポルノだわ」トマは(こんな教養のない下品な女に説明してもムダ)と思いながら「ヒロインのワンダは冷静で洗練されている。神、彼を罰して一人の女の手に与えたもう」「なにそれ」「マゾッホの小説の冒頭にある」「それって性差別よ」▼だんだんトマはワンダとの会話に引き込まれ、一幕だけやってみろと言う。トマがふりむくとワンダは気品に満ちた上流階級の夫人になりきって、セリフをすべて暗誦しているのだ。驚愕したトマは、ワンダという謎めいた女に、身ぐるみはがれるように自分を曝け出していく。「叔母から尊いことを教わった。痛みは最も官能的な感覚で、恥辱こそ最高の快楽だと。叔母はわたしの理想の女性だ」しみじみ回想するトマに、ワンダは「へ? あなたの芝居のテーマは児童虐待?」「なにを言う! 頭がおかしいのか。人種差別だ、性差別だ、つぎはなにを言い出す」トマは激昂。ワンダは悠然と「あなたという方は超官能的な人間なのね。この世の中では女が力を持てるのは男を通してだけ。男と同等になった女を見てみたい。自分自身になった女を。ワンダはこの時代、進んだ女なのね」▼トマはワンダへの関心を抑えられなくなる。「我々はお互いのために存在する。ぼくの思いをあなたも感じないか、ワンダ」。ワンダは妙な契約を持ち出す。トマを1年間奴隷にするから、自分にふさわしいと証明しろと言うのだ。映画は舞台と現実が交錯し、トマはワンダの挑発によって首輪をつけ、リードでつながれ、床を這ってムチでうたれる。「この物語は、無垢なワンダが変態男の手に落ちる性と階級の闘いよ」とワンダ。「永遠に結ばれたふたりの愛の物語だ。彼女の支配への欲望を男がめざめさせたのだ」とトマ。「彼女はフツーの女。この戯曲はただの女性嫌悪よ。彼女は彼のアレを握りギリシャ男にムチ打たせる。彼が望んだのに彼女のせいにされる。彼はギリシャ男に惚れているのよ」「なんてばかげた解釈だ、バカ女、クソ女」「あなたは病気よ、伯母さんにマゾの毒を盛られたせいよ」。「この作品のテーマは欲望に注意、だ」というトマに対し「女神を舐めるな、これがテーマよ」とワンダ▼ワンダがセリフを全部覚えていたのも、衣装や小道具を揃えて持っていたのも、ホントは原書を読んでいたのも、トマに着せてやったジャケットが1869年製、つまり小説の発行される前年だったとか、彼女がこの世の女性ならぬ存在だったから。ワンダの正体は本人があっさり証している通り、女神「アフロディテ」の出現です。傲慢で女を理解せず、狂った夢想家であり狂言者である作者に、冷水を浴びせに降臨したのでしょう。ワンダはトマを男根仕様の太い柱にしばりつけ、「なにごとも徹底的にやるのがわたしの本性よ。あすフィレンツェに行くわ。わたしは一等、お前は三等で」言い残し劇場をあとにする。扉は音もなく開いてワンダを通し、音もなく閉じる。劇場の舞台の上ではトマがわめいている。あえてこの映画のテーマといえば、ポランスキーが終始一貫追いかけてきた「心の世界と現実の世界」でしょう。妄想とはそれを思い描く彼や彼女にとって一種の現実である。その世界は思い描く者にとってのみ存在する。ファンタスティックというよりアブなくて危険な異次元を、ポランスキーが北叟笑みを浮かべながら絵にしています。

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