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特集「ベストコレクション」

2015年9月9日

特集「秋の夜長のベストコレクション」⑨ビッグ・アイズ(2015年 社会派映画)

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監督 ティム・バートン
出演 エイミー・アダムス/クリストフ・ヴァルツ/クリステン・リッター

魂の瞳

妻のマーガレット(エイミー・アダムス)に代作させて大成功する夫ウォルター(クリストフ・ヴァルツ)に比べたら、佐村河内守も可愛いものね。彼の超一級のクズ男ぶりが本作をささえる鉄骨になっています。ティム・バートンがファンタジーでなく、数少ない、事実に基づく映画をつくりました。時代は1950年代です。横暴な夫から逃げた主婦が70年代になり、自分の声を上げるようになった。多くの女性に共通するアイデンティティの目覚めを、バートンは自然な流れとしてとらえたうえで、マーガレットの成長と自覚を力強く、無理なく盛り上げていきます。夫の影になり、ひたすら自分を押し殺して、世間に認められなくても好きな絵が描ければ幸福とか、夫に花を持たせて家庭生活が円満に、経済的にも潤沢に送れるなら真実を暴露して波風たてる必要はないと、自分を抑圧してきました。ある日マーガレットは「エホバの証人」の女性ふたりの訪問を受けます▼物静かな女性たちは「神の王国とはなにかをわたしたちと学びませんか」と言う。「どこにも救いがないの」とマーガレット。「人はみな高慢で強欲で浅ましい」「テモテへの手紙3章にこうあります。最後の日に困難のあることを知るべし。人は自分だけを愛する」「元夫みたい」マーガレットが素直に口にした言葉に、ふたりはクスクスおかしそうに笑う。彼女らの無邪気な反応にマーガレットは「入らない?」ドアを開きます。困難に生き埋めにされ、ワラにもすがりたかった時の、マーガレットの(ホッ)とした思いがよく伝わりました。きっかけはたとえなんでも、背中を押すなにかが彼女の人生に用意されたのです。夫のウォルターにしても最初から彼女を踏み台にする魂胆はなかったと思います。ただ悪い人ではないにせよ、その場しのぎのうそと作り話で自分のことしか考えない男で、女性は男の正体を知りながら、案外そんな調子のいい男に弱いのです。「悪い人じゃないのだから」とか「そんなおおげさに考えるほどのことじゃないから」とか、いって目をつぶる▼マーガレットの絵が売れ出し、夫は自分の画廊を開き、ニューヨーク万博に出展するため巨大な壁画を妻に描かせます。この時期マーガレットは1日16時間家の屋根裏のアトリエに閉じこもり制作していた。制作というより夫がつぎからつぎ受けてくる注文に対応するため、監禁同様だった。娘にも親友にも彼女は自分が夫のゴーストペインターであることを隠していました。理由はいくつかありますが、まず女が自分で描いても軽く扱われ、だれも買ってくれないと思っていた。夫はセールスがうまく彼に販売させておけば上手に売った、マーガレットは描くことは描くが、売ることは苦手だった。女が自分の好きなことをして自立し、自我を取り戻すまでに二重、三重の拘束のあった時代と社会を考えると、マーガレットを意気地がないと責めることはできないでしょう。経済力がないばかりに、どれだけの女が、楽しみも生きがいもない、ただ子供の成長だけをよすがとして、砂を噛むような結婚生活に耐えてきたかは、ひとりマーガレットだけではないはずです▼ウォルターを快く思っていないニューヨーク・タイムスの記者にジョン・キャナディ(テレンス・スタンプ)がいました。またマーガレットの親友のディーアン(クリステン・リッター)は、どう考えても〈ビッグ・アイズ〉の絵が持つ哀愁と切なさが(あの男のものだとはピンとこない)と怪しんでいた。ジョンから冷評されたウォルターは「お前が低俗な絵を描くからおれの名前にまで傷がついた」と「クズ男」ぶりを爆発させます。離婚を持ちだされた夫は「すべての絵の権利をおれによこせ」「今後の収入源として〈ビッグ・アイズ〉を100枚描け」「今までの仕事はお前も共犯だ」と脅しにかかる。マーガレットは事実を公表します。いちばん喜んだのは母親の長い忍耐を知っていた娘と友だちのディーアンでした。裁判となった法廷で、巧妙に言い逃れするウォルターに業を煮やした裁判官は「解決する方法はただひとつ。ここで絵を描いてもらう。持ち時間は1時間。双方に同じ道具を用意した。心置きなく描きなさい」。マーガレットのキャンバスにみるみる〈ビッグ・アイズ〉ができあがっていく。ウォルターは「肩が動かない」と言いだし、絵筆を取ろうとしない。マーガレットの、1700万ドルの損害賠償と名誉毀損の訴えは認められ勝訴します。ウォルターはその後無一文となり2000年他界しました▼ティム・バートンはもともとマーガレットの〈ビッグ・アイズ〉が好きで、何点か所有していました。自分でも「これはフェミニズムの映画だ」と言っているくらい、マーガレットに肩入れしている(笑)。ウォルターは憎まれ役ですが、しかし彼がいなかったら、もともとマーガレットは表に出る性格ではなかった、好きな絵を描いて満足し、平穏に一生を終えたかもしれない。ウォルターという「悪役」がいたからこそ、彼女の才能と自我は自分にふさわしい社会の居場所を求めたのだと思えます。娘のジェーンが本当に目の大きな子でしてね(笑)。女は家で家事をしていればいいという時代ですから、マーガレットは家でいつも娘を描いていた。マーガレットはジェーンしか描いたことがなかった。ジェーンは母親が描く少女の大きな瞳が、無言の哀しみにあふれていることを見破った、世界で初めての、そして最高の鑑賞者です。

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