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特集「ベストコレクション」

2015年9月10日

特集「秋の夜長のベストコレクション」⑩デビルズ・ノット(2014年 事実に基づく映画)

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監督 アトム・エゴヤン
出演 コリン・ファース/リース・ウィザスプーン

危険な裁判

3人の8歳の男の子たちが行方不明になり、無残な遺体で発見された。1993年5月、アメリカのアーカンソー州ウェスト・メンフィスでのことだ。地元警察は容疑者として3人の未成年を逮捕する。オカルトとヘビメタが好きなハイティーンの問題児たちで、悪魔崇拝の猟奇殺人だと警察は断定する。彼らは無罪を主張するが、弁護士たちは新米で判事は検察の味方、半ば強引に裁判は進められる。同じ町で保険の調査事務所を開業するロン・ラックス(コリン・ファース)は、警察の捜査に疑問を持ち、頼まれもしないのに弁護側に協力する。被害者の子供の母親のひとり、パム(リース・ウィザースプーン)もまた、息子の死に納得がいかない。息子の継父にあたる夫にも疑念がわいてくる▼子供たちの探索が具体的で、沼から遺体があがるシーンなんかひどいですね。子供たちは素っ裸にされ、靴紐で手首と足首がゆわえられている。容疑者の特定から裁判の進行、町の住民の反応やマスコミ報道、法廷での証言など、ドキュメンタリータッチできちんと描かれます。オープニングそうそう、スクリーンを占める暗い木立の不穏なざわめき、川幅の狭い流れにかかった古い配管。そこがたぶん殺人の現場なのですが、いかんせん、だれひとり目撃者がおらず、出てくる証言は情況証拠ばかりの、いわばカフカ的迷宮なのです。情報としては山ほどあるがどれも決め手にはならない。つまり解決には至らずぐるぐる周辺を引き回されるだけ。田舎の町はときならぬ猟奇殺人に騒然とし、連日の加熱報道とそれに輪をかけた取材合戦で混乱する。証言台に立った容疑者の同級生らは「はじめに殺人ありき」に固まり、ゲーム感覚のようないかにももっともらしい状況をでっちあげる。あえて「でっちあげる」と書いたが、事件当初の興奮がさめ、住民も関係者も冷静になってくると、当初とは食い違う、容疑者に有利な証言も現れ、かれらは冤罪ではないかと声があがるようになった▼結論をいうと、フォード・プリーという司法取引の方法がとられます。被疑者は無罪を主張しつつも有罪を認めるという、一言で言えば警察のメンツを保って釈放する取引。これによって彼らは既決重罪犯として18年後に釈放されます。かれらのうちひとりは無罪を勝ち取るまで刑務所にいる、ばかな取引には応じないつもりだったが、死刑判決のおりた友人の体が弱ってきているので、釈放を受け入れたとしています。それにしても現場近くのレストランに現れ、警官が来た時には姿を消した血だらけの黒人の行方は二度と触れられませんし、息子スティーブが肌身離さず持っていた祖父の形見のナイフが、なぜ夫の道具箱に隠されてあったのか、パムは「もしや」と、夫の児童虐待の疑念を拭えず、ロンに相談するが、裁判は有罪判決が出たあとだった。一言で言うと、この事件(のちに「メンフィス3事件」と呼ばれる)の真犯人は今も野放しなのだ。全然すっきりしない後味の悪い映画だが、事件そのものが解決していないから、それ以上なにも作りようがない。はじめからこの事件の捜査は、すべて憶測でなりたってきたのである。警察は町中の札付きだった若者を目の敵にしていたし、鼻つまみ者だった。悪魔崇拝などという、どうとでも解釈できる素材を専門家に分析させるが、その博士は、なんと通販で博士号を買ったド素人だ▼実際のパムは「裁判の有罪を信じたのは司法がそう決めたから。でも若い少年らがあんな完璧な犯罪ができるか、どうしても納得できなかった」。監督の意図は「1993年、メンフィスの森で起きた事件は解くことのできない結び目だ。我々には知り得ない事実が、憶測で語られた。メディアが報じてきた人物関係やその環境を、視聴者は鵜呑みにした」という、危険な成り立ちにふれ、「様々な事実を織り合わせることで、観客を驚くべき物語に引き込める」と語っている。結論を急ぐことの危うさ、膨大な資料に埋もれながら解決できない状況、みな危険に満ち、いつだれを死刑に陥らせても不思議ではない気味悪さが終始ただよっている。本作のような未解決事件をあえて映画にする目的って、冤罪への告発と、よってたかってショー化する、軽佻浮薄な報道の危険性でしょうね。コリン・ファースもリース・ウィザスプーンも、地味な役でぜんぜん見せ場がないものの、こういう映画なのだと思って見なくちゃ、仕方ないですわ。

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