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特集「ベストコレクション」

2015年9月13日

特集「秋の夜長のベストコレクション」トランス(2013年 サスペンス映画)

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監督 ダニー・ボイル
出演 ジェームズ・マカヴォイ/ヴァンサン・カッセル/ロザリオ・ドーソン

都合よすぎる催眠療法

ダニー・ボイル監督には「スラムドッグ$ミリオネア」のような傑作があるのだけど…。本作だって悪くはないですよ。悪くはないけど、映画の力強さからいうと格段にちがうのね。ひんぱんに切り替わる夢と現実のシーンがわずらわしくて、本来ヘタレの主人公サイモン(ジェームズ・マカヴォイ)を、突き放すのかと思えばそうでもない、ヒロインに当たるエリザベス(ロザリオ・ドーソン)は精神科医とはいうものの、ただの絵画泥棒にすぎない。だって彼女がゴヤやレンブラントが好きでたまらない、絵を所有することにアディクトした偏愛家だとは描かれていないで「売って山分けしましょうか」なんて泥棒のリーダー、フランク(ヴァンサン・カッセル)にもちかけるくらいだから。彼らの情熱は傑作を自分のものにしたい所有欲にあるのでもない、その絵が死ぬほど好きなわけでもない、売り飛ばして儲けようという金銭欲だけ。だから盗んだゴヤの絵を額から外さず、キャンバスから切り裂くような荒っぽいことを平気でする。このシーン思わず目を覆ったわね。こういう無神経な主人公に共感することはとても難しい▼そういう視点から出発したから、申し訳ないけどやたらおかしな点が目立つのね。本当ならこれだけ催眠状態が幅をきかす映画なら「美しい虚無」とも「妄想映画の魅力」ともいうべきなのだろうけど、美しくもないし魅力もない。夢とか妄想は、極端かもしれないけど人間には必要なものだと思うのね。あきれるほど明快な事実をいえば、虚無がなければ現実はないのですから、虚無と現実とは双子の姉妹なのよ。どっちかだけで生きていけるような心の作用に人はできていないのだわ、きっと。妄想とか夢は広い、ほの暗いグレイ・ゾーンで、そこに身を潜めることで人は自分だけの世界に安堵を覚える。現実から積極的に自分を隔離するのは、精神のバランスを保つうえで必要な技術だとさえ思う▼ところが厄介なことに、夢とか妄想は巨大なブラックホールで、どんな心のトラブルも問題も吸い込むかわり、回答を吐き出してくれない。作劇で「妄想仕様」を多用すればするほど、現実感から遠ざかり力強さは薄れていく。そらそうでしょ。結局あれは夢でした、妄想でした、幻影でした、というオチをあっちこっちに作られたらしまいにばからしくなってしまう。本作の場合、催眠術中の解説が多すぎて、しまいに(またか。もういい)となってしまった。所詮ゴヤもレンブラントもどうでもいい男が、催眠覚醒時のもうろう状態で、いきがかりの女性を巻き込んで殺してしまうようなひどいことまでやる。こいつ、フランクの拷問でもっとひどい目にあっていたとしても同情できなかったわ。もうひとつ基本的な質問だけど、この映画の主人公ってだれ? 盗みの実行犯サイモンですか。元恋人の彼がDV男になったから、自分を忘れるように刷り込み、かつゴヤを盗んで自分のところに持って来いと、驚くべきインプットを実行させたエリザベスですか。それともまんまとエリザベスにしてやられ、ゴヤの絵を背景にニッコリ笑った彼女の映像と「もしお望みなら催眠療法であなたのいやな記憶は一切消してあげるわ」というメールをみて、こんちくしょう、消してやるとも、とクリックしかけたが思いとどまり、なんだかなつかしげに微笑みさえ浮かべたフランクですか▼考えてみればギャンブル依存症で借金まみれのサイモンより、フランクは仕事熱心(?)の思い切りのいい男です。サイモンの異常な嫉妬に嫌気がさしたエリザベスが、男と円滑にわかれるために利用した催眠療法がそもそも事件の発端でした。エリザベスだって欲張りは女の常として許すとしても、催眠療法の都合のよさにあきれる。消去法で結局いちばん手応えのある存在として残るのがフランク、つまりヴァンサン・カッセルになるわけね。でもね。サイモンが銃をぶっ放し、フランクが倒れた、てっきり死んだと思ったらじりじりカウンターに腕が出てきて、つぎに現れたら顔の半分がなかった、このアホらしいシーンには、驚くより笑ってしまった観客のほうが多かったはず。サイモン? さあ。死んじゃったのはこの映画の数少ないホントの部分みたいよ。

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