女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss
  • ブックマーク

特集「美魔女」

2015年9月20日

特集「美魔女」 ラクエル・ウェルチ1ミクロの決死圏(1966年 SF映画)

Pocket
LINEで送る

監督 リチャード・フライシャー
出演 スティーヴン・ボイド/ラクエル・ウェルチ

ファンタジーの女優

地元のテレビ局の天気予報のキャスターをしながら、注目される機会を虎視眈々と狙っていた、というと「誘う女」のニコール・キッドマンみたいだが、ラクエル・ウェルチのお天気キャスター時代はそう派手なものではなかった、彼女はわりと早く結婚し、本作出演の26歳のときは娘もいたし離婚もしていた。離婚したあとモデルやらウェイトレスをしながら、テレビの「奥様は魔女」で端役をつかむ。後年のウェルチを思うと、彼女のウェイトレスって、一体どんなウェイトレスだったのだろうと思うが、とにかく女手ひとつで子供をかかえ働いていた。本作は映画史に残るSFファンタジーだとさんざん書かれているから、いまさらその点をほめたところで仕方ないので、ウェルチに絞って見直してみた。SFをファンタジーにした功績は、もちろんリチャード・フライシャーの監督術にあると思うが、この映画で出演してもしなくても、さっぱり影響のなかった、外科医の助手コーラ役がウェルチだった▼登場したとたん「場違い」である。豊かな髪をてんこ盛りに盛り上げ、どこにいてもいやでもめだつプロポーションに、しかも体にピチっと密着した潜水艇の制服を着て入ってくる。チームの一員であるスティーヴン・ボイドはたちまち目が点。上司の指示よりウェルチの後ろ姿を目で追う。フライシャー監督の意図するファンタジーの部分に、ウェルチは一枚噛んでいるのか(笑)。そう思ってもおかしくない。セリフらしいセリフもないし、切れ上がった瞳で、つぎつぎ潜水艇を襲う人体の仕組み、たとえば彼らを異物と認識した白血球や抗体の攻撃に対応する、といいたいがそんな見せ場もあんまり、ない。いきなりだけど「ショーシャンクの空に」で、刑務所の囚人たちが壁に貼った好きな女優が、リタ・ヘイワースとラクエル・ウェルチだった。ウェルチはマリリン・モンローの代替わりとしてデカデカを壁に貼られ、このポスターがどんでん返しの絶妙の小道具になる。モンローといい、リタといい、そしてこのウェルチといい、もし映画に側面史というものがあるとすれば、このときのポスターは側面史の中の、忘れられない場面だ▼本作で注目されたウェルチは同年「恐竜100万年」に出演する。これがまた最高の特撮もので、表向きは特撮撮影の天才、レイ・ハリーハウゼンがなにかと特筆されやすいが、観客の関心と記憶は、石器時代なのにビキニを来て現れたウェルチだろう。セリフは一言もなし。言語自体が形成されていたのかどうかもわからないから「言葉なし」の設定は正解であろう。「ミクロの決死圏」といい「恐竜100万年」といい、ウェルチは、ファンタジーの女優として代表作を作ったのだ。彼女の以後の作品に通底する現実離れした女の存在というのは、彼女がそもそもファンタジックな女優だったからではないかと、こじつけに近い感想を持ってしまう。大した役でも映画でもない、ストーリーもあってないようなもの、主演男優の添え物といって悪ければピン・ポイント。であるのに彼女が出てくると他のどんなシーンも覚えていなくなる。「名前は忘れたが、あの映画のあの女優」という覚えられ方は、はたして女優として幸福だったのか不幸だったのか▼結果は明らかだろう。74歳(2015年)になったウェルチは「20世紀最高のグラマー」のまま、艶然と笑っている。整形だろうとなんだろうと屁の河童。幸福とは自分のためにあるもので人の思惑には関係ないことを主張する。鋭い視線、とんがった頬骨、赤毛のときもブルネットのときも、ショートのときもロングのときも、ドレスのときもパンツのときも、彼女の印象はただひとつ「あたりをはばからぬ」のだ。女優もこうなると演技がどうとか、映画賞がどうとかなど、世間は話題にしたくもなくなるにちがいない。そんなウェルチであるが「ミクロの決死圏」では離婚して子供がいるとは思えない可愛らしさだった。もしこの映画にウェルチが出演していなければどうだっただろう。だれがなっても大して重きのない役にはちがいなかったが、そんな役こそ役者のキャラが差異化の決め手だろう。もしコーラがサンドラ・ブロックだったら、ひとり体内宇宙空間にさまよう。ロザムンド・パイクだったらチームのだれかと不倫する、アンジーだったら潜航艇を棄てて独断決行する。あれはウェルチだからファンタジーになったのである。

Pocket
LINEで送る