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特集「美魔女」

2015年9月23日

特集「美魔女」 ラクエル・ウェルチ4セメントの女(1961年 アクション映画)

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監督 ゴードン・ダグラス
出演 フランク・シナトラ/ラクエル・ウェルチ

アクション

原作がマービン・アルバート、監督がゴードン・ダグラス、主演がフランク・シナトラ、私立探偵トニー・ロームの「殺しの追跡」の続編となれば、なにをどういじくろうと、アクションもしくはサスペンス映画の一作くらいはできるだろう。本作のラクエル・ウェルチはあくまで添え物で、一にも二にもシナトラありきなのだ。ウェルチはアカデミー賞を狙う女優ではないし、これまでの役柄も、外科医の助手とか復讐の女ガンマンとか、いくらアクションだ、強い女だといっても一時代前のしがらみがまといついていた。つまり、女は男を補佐する立場であり、立ち向かうのはあくまで復讐であって、自分から犯罪を仕掛けにいくようなトンデモ女ではないのだ。この映画の前に、ルイ・マルが「死刑台のエレベーター」(1957)を、アンリ・クルーゾーが「悪魔のような女」(1955)を撮っていたことを思うと、ハリウッドがその派手な外観の内側に、旧態依然とした古い体質をこびりつかせていたことがうかがえる。だから本作でウェルチの役どころがショボイといったところで、本人のせいにするのは酷というものだろう。相手はシナトラだし、ウケ狙いでいうなら、こんなおいしい映画を断るほうがおかしいのだ▼さんざん文句をつけたあとでこう書くのもナンだが、だからつまらない映画かというとそうでもないのだ。ところはマイアミ、青空の下のビーチ、沖に浮かぶクルーザーは博打でまきあげた分捕品、甲板には探偵のトニー・ローム(フランク・シナトラ)が相棒とカードに余念がない。まけたほうが潜って沈没船の宝を探すのだ。シナトラが潜り、海底10メートルに、両足をセメントで固められた全裸の若い女性の死体を発見する。太陽の光が縞になってさしこむ海中に、海藻のあいだの白い体が、ものといたげに長いブロンドの髪を揺らめかせながら立っている。足を固定したセメントの塊が残酷さをきわだてる。充分にスリリング、かつミステリアスでテンポのいいオープニングだ。死因は溺死ではなく刺殺だった。身元がわからない。トニーはグロンスキーという男と会い、死体は彼の女ともだちサンドラであることがわかる。数日後サンドラの親友であるマリアも殺された。お決まりの連続殺人事件である。手口は同じ鋭利なナイフによる刺傷。犯人は同一人物とトニーは目星をつける▼マイアミが舞台の映画はいくつも思い出される。ラブコメあり、アクションあり、犯罪あり。キャメロン・ディアスの出世作「メリーに首ったけ」、コリン・ファレルとジェイミー・フォックスのバディもの「マイアミ・バイス」、リー・ストラスバーグがマイアミのボスを演じて、俺はお前の親父代わりだとかなんとかうまいこといいながら、マイケル・コルリオーネから200万ドル巻き上げる「ゴッドファーザー2」。フィリップ・マーローがおもちゃのハモニカを拭きながら、女が運転する車とすれちがう「ロング・グッドバイ」は、どこの海辺だったろう。「セメントの女」もマイアミの太陽と潮風と、明るさと頽廃を持ち合わせた映画だ。殺された女ふたりの共通の友人キット(ラクエル・ウェルチ)からトニーは事件の前後のいきさつをきくがさっぱりラチがあかない。曖昧模糊としてつかみどころがない。こういう謎めいた女をやらせてピカイチのひとりは、たぶんシャーロット・ランプリングだろうが、ウェルチだと、彼女はホントになにも知らないのだと思わせる無垢なものがある▼話は二転三転するが、殺されそうだったキットをトニーとグロンスキーが危機一髪で助け出す。ふたたびトニーは船の上。ただし相方はキットだというエンド。シナトラのアクションのキレがにぶかったことを除いて、どこまでもライト感覚でした。

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