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特集「ディーバ(大女優)」

2015年10月1日

特集「ディーバ14」ティルダ・スウィントン
クローン・オブ・エイダ(2003年 社会派映画)

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監督 リン・ハーシュマン=リーソン

出演 ティルダ・スウィントン

「天才の娘」ティルダ

1年ぶりの「ディーバ」はティルダ・スウィントンです。もっと早くこの人を特集したかったのですが、彼女の最新作が公開されるたび、本欄に「チョイ出し」しているうち、最近の作品はあらかた書いてしまい、残っているのは初期のデレク・ジャーマンとか、ハリウッドに毒された愚作の発端、となった「ザ・ビーチ」とか「バニラ・スカイ」とかになってしまいました。それでなくともティルダ・スウィントンって、妙な映画とヘンな役にいっぱい出ているので、やりにくいなあと思っていたのです(笑)。あれこれ買い集めたマイナーな映画とか、念のためもう一度見てみようという映画を、今回のシリーズに入れました。そのなかの「メッケもの」は本作でした。「オルランド」もそうでしたが、ティルダのノリがたいへんいい。ヒロイン、エイダ・バイロンの生き方や性格、思考に、ティルダ自身が強い共感を覚えたにちがいないと思えます。本作はリハーサルなし、撮影に6日間というハードな進行で撮影されましたが、リン・ハーシュマン=リーソン監督は、本作でいちばん気にいっている点として「ティルダの演技」をあげています▼この映画で、クローンはデジタル・サンプリングの時代にふさわしい、人類のメタファとして使われていますが、監督は遺伝子工学の技術的な解説を施す気は皆無であって、彼女がアプローチしているのは、ヴィクトリア時代に生きた天才数学者の悲劇と、人生の決着の付け方です。エイダは詩人バイロンの娘として生まれ、36年の生涯に、19世紀においてコンピューター言語の概念を成立させるという、離れわざをやってのけた女性です。エイダ・バイロンによって、コンピューターは初めて女性解放と結びついたとするのは、本作の語り手のプログラマー、エミーです。ということは監督の見解でもあるのです。記憶と遺伝子の解析と保存によって彼女はエイダという、人類最初のコンピューターのクローンをつくろうとします▼エイダが劇中「わたしは名を残したいのよ」と執着するのは、当時の女性は、極端にいえば家系繁殖装置であって、彼女らの才能や嗜好を伸ばすなど常識の圏外でした。エイダの数学の天賦は母親の血です。父バイロンは「母の算術好きを父は〈平行四辺形の王女〉と呼んだ」と、劇中エイダが冗談のように言っています。エイダは13歳で婚約、19歳で結婚しラブレイス伯爵夫人となりました。エイダはバイロン家の天才の血が自分に流れていることをすぐ自覚します。数学に異常な関心と能力を示しますが、これは「父親の悪魔の血を受け継がないためにあなたに数学をやらせた。もしあなたが詩や文学に進んだら、ものすごいモンスターになった」と懸念した母親の方針でしたが、「父もわたしも、興味のある対象に情熱のすべてをかけて生きた」娘は、生まれたときからとっくにモンスターでした。母親の紹介によってエイダは数学者チャールズ・バベッジと知り合います。彼はイギリス数学界最高の栄誉であるケンブリッジ大学ルーカス講座教授でした。ホーキング博士もここの教授です。エイダはバベッジの知識をぐんぐん吸収し、驚異的に数学を開発します。数学を語るエイダを、夫は賛嘆か慨嘆か「奴隷のごとく働くわたしのカラスよ」と呼びます。バベッジが発表した論文は実質彼女の原稿でした▼心血を注いだ研究は出産で4年間中断しました。彼女は親友のメアリー・シェリー(「フランケンシュタイン」の原作者)に、育児にとられる時間とエネルギーを嘆きます。エイダの本音は「エンジン(機関)の分析とプログラミング言語の開発が、わたしの最愛の子供」でした。「すべてを計算によって予測する機械を作りたいの。夢というのは無数にあって、わたしたちの魂の奥深く眠っている。でも夢は実用にされるべきよ。詩、音楽、絵画、文学、織物などに。今、ある計算をしているの。秘密に包まれた芸術よ。わたしの芸術はエレガントに数を紡ぐこと。完璧なはずよ」彼女はそれを研究の資金源として競馬の賭けに使い、ボロ勝ちします。「勝ち馬を計算で予想するの。それを暗号化してベールに縫い込んだのよ」。愛人もいました。かなりさかんでして劇中数えられたのは4人です。母親は、どうしようもないその方面も「父親の血」だとします。自分の研究を盗んだが、バレッジは「エンジンの可能性に気がついて」いなかった。エイダはより多くの時間と資金を求め母親の宝石、夫の小切手などを元手に金策し、競馬の配当金で質入れした品を買い戻すつもりだった、時間があれば…。実情を知った母親は娘に心を入れ替えよ、と忠告するが答えは「賭け事は暗号法や計算法を完成させ、わたしの名を後世に残す手段なのです。お母さまのお話をうかがってわかりました。わたしが賭けたのはただの馬。お母さまはお父さまの血を絶つことに人生を賭け、そして負けたのだと」▼エイダの体調はすぐれませんでした。「不本意なことを我慢してきたストレスの結果、自分が思った方向と正反対の人間になってしまった。手足をしばられた人間に。疲れ果てた。気力も体力も限界にきている。上辺だけの人々のために貴重なエネルギーを消費してしまった。そんな自分にアタマにくる。そのために弱ってしまった自分の身体にもアタマにくる。昔から身体は弱かった。父と叔母の関係を知ったときは、脚が麻痺し3年間杖をついていた。その後病気がちで呼吸困難や吐血に苦しんだ。父は医者に吐血を軽視され亡くなった。わたしはアヘンにたよるようになった。アヘンに安らぎを覚えたのは父の血でしょう」独白は続く。「愛人も恋人も、真のわたしに気づかなかった。でもその原因は自分を偽り続けてきた自分自身にある。時間だけは使いきったが、思考や気力は使いきれなかった。子供を産んだことも忘れた。欲しくもなかった。愛してもいない」母性神話を破壊する大胆な発言。エミーはエイダに話しかける。「クローンを作りましょう。あなたの思考や記憶を複製するのよ。寿命は半分になるけど、あなたはよみがえるわ。あなたの記憶と遺伝子をわたしに移植するのよ。名を残せるわ。2000年にはあなたの名は不動のものになる」エイダは薄く笑う。「結局わたしの人生はなにひとつ残せるものがなかった。家庭、仕事、そして肉体までも、すべて奪いさられた。ささやかな幸福を感じたアヘンにも見放された。でもこれだけは残っている。自分に忠実なもの、わたしの魂にだけ忠実なもの、本質と呼ばれるものよ。人が神から与えられたのは自分で自分を作り直すことだけ。人はそれぞれの運命を切り開いていけばいい。人生は賭け事と同じ。すべては滅びるわ。時間さえも。死があるからこそ生きることはすばらしい。わたしもその法則に従うわ」。エイダはクローンを拒否して自分自身で終わることを選びます。このシーン、ティルダの目は炯々と力を放っています。死にかけている女性にしては、ばかに生き生きしています(笑)。映画ではエミーに生まれた女の子に、エイダの遺伝子が受け継がれることになっていましたが、狂言回しとしてのエミーの存在がわずらわしかった。やっぱり本作は「水を得た魚」のような、ティルダのワンマンショーです。

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