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特集「ディーバ(大女優)」

2015年10月5日

特集「ディーバ14」ティルダ・スウィントン
バニラ・スカイ(2001年 サスペンス映画)

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監督 キャメロン・クロウ

出演 トム・クルーズ/キャメロン・ディアス/ペネロペ・クルス/ティルダ・スウィントン

ティルダの瞳 

「オープン・ユア・アイズ」のリメイクだから、粗筋は必要ないかもしれないけど、思い切り簡単にいってしまうと、セレブのハンサムな青年、デヴィッド(トム・クルーズ)が、棄てた女ジュリー(キャメロン・ディアス)に無理心中を図られる。彼女の運転する車が高速から墜落し、女は死んでデヴィッドは生き残ったが、顔と全身に重傷を負い、特に顔面は醜怪になる。彼は自分の顔が自慢だったからショックである。当代最高の整形外科医の意見をきくが、どれだけお金を積んでも現在の外科手術では顔を元に戻すのは不可能。デヴィッドはマイナス127度で冷凍保存する延命技術があることを知る。彼は医学が発達し、顔面修復が可能になる間、150年間待つことにする。ただ眠るのではない、冷凍会社の説明によれば、保存技術にはオプションがあって、いろんな夢を選択できるという。つまりこの映画の中身は、デヴィッドの夢の内容なのです▼デヴィッドにオプションを説明するLE社の担当者、レベッカがティルダ・スウィントンです。「当社の延命プログラムは未来への切符です。人間の遺伝子暗号は解読され、心臓病、ガン、その他の病気は過去のものとなります。痛みや不快な思い、死さえ無用のものとなるでしょう。死後1時間以内にあなたの肉体はカプセルに保存され、マイナス127度に保たれます」レベッカは流暢に解説する。「リアルな夢とはなんです?」デヴィッドがカタログをみながら質問すると「お目が高い」とほめちぎり、「わが社の新開発コースです。わずかな追加料金で科学と娯楽が合体した冷凍体験が得られます。蘇生後も今の人生を続けたいならば、生を取り戻したあなたはそのまま、年を取らず保存状態で望む未来を生きられるのです。夢をみている意識はなく、万一のときは救護員が駆けつけます」と、まあ、いきなりスクリーンに現れ、香具師のごときトークを並べたて、いろんな「リアルな夢」を売りつける、とんでもないタマがティルダなのであります▼ティルダがすごい女優だと思うのは、しゃべるセリフがどんなに平凡でも、たとえ「おはよう」でも「さようなら」でも「おいしいかったわね」の一言でも、それがとてつもなく意味深に聞こえるのです。もちろん声に表情があることは論をまたないのですが、ではどんな声かというと、特別これといった特徴のある声ではない。声と顔がいっしょになって「意味深」を作っているのでしょうか。たぶんそれもあると思う。あのとおり、独特な容貌です。美貌にはちがいないのですが、きっかり見開かれた緑灰色の目には、地球人ではない趣がある(笑)。目が大きいというだけなら、アマンダだってミーシャだって、ヘザーだって負けていない。彼女らの目は美しく、表情は豊かで「目は心の窓」とよぶにふさわしい。でもティルダの目はちがう。彼女の目はエキセントリックなのだ。それがティルダの容貌と彼女の口からでる言葉を、特異なものに染め変えている。彼女がワンシーンしか出ない作品は多い。そんな女優は、はたして「ディーバ」にふさわしいのか。いくら考えても「イエス」というしかない。ふさわしいのだ。彼女の革新性、チャレンジする精神と逸脱がハンサムなのだ▼ティルダの「オルランド」は傑作だった。原作者のヴァージニア・ウルフとティルダの雰囲気がよく似ている。同じ原作者であるのになぜティルダは「オルランド」であって「めぐり逢う時間たち」ではなかったのか。はたまた「ダロウェイ夫人」ではなかったのか。「めぐり逢う」のヴァージニア・ウルフがニコール・キッドマンであり、「ダロウェイ夫人」はヴァネッサ・レッドグレイヴでなければならなかったのか。簡単な話、「オルランド」の両性具有を体現できるのは、ティルダ以外にいなかったからだ。「クローン・オブ・エイダ」で、ティルダのノリがよく快演だったと書いたが「オルランド」では怪演とよぶにふさわしい。時代を越えて生きる存在にしなければ、ウルフが語ることのできなかった女性の能力の可能性とは、本来哀切で腹ただしく、差別的であったにもかかわらず、ティルダが肉体を与えたオルランドは、ドジは踏む、女には去られる、下手な詩は認められない、それでもクソ真面目に生き、自分の財産の相続権のある息子を産むという、しっかりしたことまでやるのだ。「オルランド」は、ウルフが、男であることにも女であることにも、時代にも社会にも文化にも、とらわれないこと、こだわらないこと、そして主人公が自分に自然であることに従ったらこうなった、という小説だった。ティルダの演技には、どこからか、風が吹いてくるような感じがする。それはまるで、とらわれず、こだわらず、自然であることに従えばこうなる、とでもいっているに似ている。

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