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特集「ディーバ(大女優)」

2015年10月12日

特集「ディーバ14」ティルダ・スウィントン
倫敦から来た男(2009年 サスペンス映画)

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監督 タル・ベーラ

出演 ミロスラヴ・クロボット/ティルダ・スウィントン/アーギ・スィルティシュ

シムノンとふたりの女優 

タル・ベーラ監督が本作について自身こう解説している。「この映画は欲望について、自由で幸福な人生の希求について、決して実現しない幻想的な夢について、そして、毎日眠りにつき次の日に起き上がり、生き続けるわたしたちの強さについて描いています。わたしはマロワンの物語が、わたしだけでなく、わたしたちの平凡な存在について疑いをもちながらも、誘惑に打ち勝ち、人間の尊厳を保つ勇気を持っている、すべての人の物語であると確信しています」。これをそのまま受け止めるのがいちばんいいと思うから、本作が「孤高のノワール・サスペンス」であるとか、タル・ベーラの作品全集DVDを、ブラピがアンジーへのクリスマス・プレゼントにしたとか、お褒めと賞賛はあちこちでどっさり言われているからパス。原作者のジョルジュ・シムノンと女優ふたりについてだけ、少し▼さて、われらがティルダ姫はどこで登場するのか。主人公マロワンは実直な埠頭の監視員。ある夜殺人事件を目撃したあと、海におちたトランクを拾い上げ、中に札束がぎっしり詰まっているのをみて、ていねいに一枚ずつ乾かし、何枚かをポケットにいれ、もって帰る。夜勤明けの家では妻(ティルダ・スウィントン)が朝食を用意して待っている。マロワンの薄い後頭部、ゴワゴワした祖末な外套、小太りでがっしりした幅広の背中が映され、カメラが引いて夫の正面に立っているティルダ映す。ボサボサの黒い髪(目立たないよう丁寧なカットだが)、少ない会話。マロワンは帰路、娘が雑貨屋で「尻をみせて床の拭き掃除をしていた、やめさせろ」と眉間にしわをよせる。妻は「1ヶ月もしたらやめるの。大騒ぎすることじゃないわ」。窓から窓に綱を張り渡して洗濯物を干す路地裏の家、狭い部屋、マロワンは夜勤明けに近くのバー(2階がホテル)でいっぱい引っ掛け、亭主とチェスするのが楽しみ。結婚して25年。夫婦仲はどこにもある風景だ。まさかラブラブではないが、険悪でもない。父親は娘を愛している、妻は愛想こそないが、朝食を用意して夫の帰りを待っている▼しかしその日の朝はちがった。「食事中、肘をつくな」とマロワンがどなる。「どうしたの? そんな言い方して」びっくりした妻は「肘をつくの、やめなさい」とおだやかな、丁寧な言葉づかいで娘に言い直す。「この家でだれが食わしているンだ。おれに向かってわめくな。さからうな。お前たちに一度でも不自由させたか!」「怒鳴らないで。静かにして。そんな言い方しないで。どうしたの、いったい。戻ってきたときは普通だったのに」。大金が入って親父は自信ができて、人が変わっちゃったのですね。トランクには6万ポンド。犯人の目星はついていた。ブラウンという昨夜下船した男だ。ロンドンから彼を追ってきた老刑事は、埠頭近くのマロワンのゆきつけのバーで泊まり込んでいたブラウンに会う。「金を返してくれるなら穏便にすませる」という被害者の措置を伝えるが、ブラウンは逃走してしまう▼マロワンは娘の勤め先に行き娘を辞めさせる。女主人はせめて1週間くらい待てないのかと怒るがマロワンは貸す耳もたぬ。社会的なおつきあいとか、コミュニケーションが苦手な親父なのだ。その帰り娘に、夢のような手触りの毛皮を買い与える。妻は血相を変え「あなたって人は、黙って我慢したあげく、最悪のタイミングに最低のバカをしでかすのね!」ティルダは唇をわなわなとふるわす。「こんな毛皮に全財産をつぎこんで」「放っておいてくれ」「25年間放ってきたわ。あなたはバカよ。少しは考えたらどうなの」。親父はプイ。娘は「あす返してくる」。母は娘に手真似で(もういい、向こうへ行きなさい)と示し、座り込む。荒い息遣い。一点を凝視する。ティルダはこのときの母親の心中を、57秒のあいだに1回だけまばたきする、という息苦しくなるような長い凝視で表している▼ブラウンの妻(アーギ・スィルティシュ)がロンドンから呼ばれた。ブラウンの目につくよう毎日出歩き、夫が接触してきたら知らせろという。刑事の指示をきく妻の目から涙が伝う。嘆き、悲しみ、喪失、そして理由もなくこみあがる怒りと憎しみさえ瞳にはにじむ。マロワンは自分がブラウンを殺した、逮捕してくれと刑事の前に自首します。ラストは、ここがジョルジュ・シムノンらしいのです。彼の原作の映画化は「帰らざる夜明け」が、「仕立屋の恋」がそうであったように、切なさに悶たくなる(笑)。本作でここを仕切るのは老刑事です。彼は金が無事戻った以上は、無用に事を荒立て、貧しく平凡に生きている市民を刑務所に入れても仕方ないと考える。犯人は死んでしまったのだ。大金の入ったトランクから数枚の札を封筒にいれ、「奥さん、心中お察しします。辛い事件でした。これを受け取ってください。あなたの助けになるはずだ」。受け取ろうとしない夫人を無視して刑事はバッグに封筒を押し込む。マロワンには「わたしは星の数ほど事件を見てきたが、今回はまちがいなく正当防衛だ。君は金を取り返した。これは依頼主からのお礼だ」と封筒を渡し「もうお帰りなさい。事件のことは忘れるのだ」。そんなやりとりを聞きながら、夫を殺された妻が空をみつめる、これまた長い凝視で映画は終わります。この映画とにかく、ジクジク、ジクジク、くどいほど長回しなのよ。スピーディなハリウッドの機能性に比べると、気が遠くなりそうよ(笑)。ティルダのフランス語は吹き替えですね。

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