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特集「ディーバ(大女優)」

2015年10月14日

特集「ディーバ14」ティルダ・スウィントン
ザ・ラスト・オブ・イングランド(1987年 社会派映画)

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監督 デレク・ジャーマン

出演 ティルダ・スウィントン

デレク・ジャーマンの鎮魂歌 

「大英帝国の最期」って、なんか「ローマ帝国の衰亡」に匹敵する、世界史の一大叙事詩みたいです。デレク・ジャーマンの心象としては「なんにも、いいことのない祖国の未来」を、そう呼ばずにはおれなかったのでしょう。デレク・ジャーマンという人は闘い続けてきた人です。ゲイバッシングと闘い、エイズと闘い、次作への無理解と闘ってきた。彼の作る映画が一般的でなく、興行的に成功が見込めず、独善的であるとされてきましたが、「カラバッジオ」なんかとても物語性に満ちているし、本作のあとの「ザ・ガーデン」は彼の心やさしさや叙情性にあふれています。基本的にマイノリティですから、ともすると全編これ絶望という、負の感情に塗り込められているように思えますが、彼が愛した花や草の緑、両親の愛に育まれた少年時代は、本作の底流にきちんと織り込まれていて、彼の感性が温かい環境に陶冶されてきたことを思わせます。デレク・ジャーマンとはとても感情の豊かな人で、ゲイという、当時彼に着せられた反社会的な意匠が、かえって彼の作品の設計を先鋭的にしています▼本作のラストは、赤い夕日が沈む日没の海へ、白い服の数人の男性がボートを漕いでいくシーンで終わっています。黄泉の国へ渡ろうとする死者たちの、海の葬列のようです。ランボーの「永遠」を思い出した方はきっと少なくなかったと思われます。本作は後世の人に「足跡を残しておこう」というデレク・ジャーマンのモノローグで始まりました。その言葉通り、彼には死が近づいている。「死のカブトムシ、放射能の汚染、シェイクスピアを読む人はもはやいない」。知性は衰退し自然は汚染された。「オークの木は枯死し、ヒナゲシも地上から消えた。山々には哀悼者が佇み、大英帝国の最期に涙する」デレク・ジャーマンはここでは教祖のごとき預言者です。映画はドキュメンタリータッチで、燃える市街、ドラッグにのたうちまわる若者。英国には「ドイツよりたくさんの壁があり、狭い国で退屈して死ぬか、気晴らしを楽しむかどっちかだ。死は工場から、夜の誘惑から発生する。狂気や飢えやヒステリーの果てに、われわれの良心が死んでいく」とまあ、この映画では、とどまること絶望が語られていきます▼廃墟となった瓦礫は戦争の惨禍か、天災の爪あとか。若者はふてくされ、硝煙のなかをさまよう。人々に希望はなく、未来はキャンセルされた。難病にかかって助かるみこみがないのは、自分ではなく祖国イギリスである、そんな激しい嘆き方です。そこへやさしい女性の笑顔、庭でたわむれる子供たち、花園のような家庭…のちにデレク・ジャーマンが「庭」とは「楽園」であり「天国に通じるイメージ」だと言っていたわけがわかります。抑圧と迫害のなかで自分の映画を撮ってきて、独自のスタンスが数々の映画賞を取ったとはいえ、彼の平和と安らぎのイメージは「庭」でした。また彼の映画製作も「庭」という個人的な、きわめて狭いエリアと限られた仲間の間で行われる創作だった。ティルダはデレク・ジャーマンという、孤独な愛に満ちた作家への、深い共感とともに、女優になった人です▼ティルダは結婚したばかりの夫に死なれる若い妻です。登場人物のセリフはだれもひとこともありません。夫の死に妻はイブニングドレスをひきちぎり、切り裂き…これがねえ、裁縫用の軽い裁ちハサミなんかではない、植木を刈り込む大きな長鋏である。それでもって強引にジョキジョキやる。顔は半狂乱です。あらゆるシーンに破滅と崩壊が予告される。やさしい団欒の庭が映し出されたスクリーンは、庭の背後にある高い鉄条網をも映します。デレク・ジャーマンの視線の及ぶところ平安は掻き消えた。ヘドロの川が海へ注ぐ。「年老いた皇帝が深々と頭を下げる。黙って静かに微笑んでいる。官僚は国家予算を原子兵器に注ぎ込む。原爆を持って久しい。世界は互いの思慮をふきとばすほど激しく変化した。原子爆弾が落とされたとき、われわれは予想した。春の若葉は枯れ、願望はしぼむだろうと」。デレク・ジャーマンがかくも真摯に原爆の惨禍を受け止めているのに、日本は平和ボケして「ザ・ラスト・オブ・ジャパン」に近づいているではないか。日本は、もっと本気で被爆国として、世界へ原子兵器の悲劇を発信するべきではないか。デレク・ジャーマンという人はそんなことを思わせた▼この映画でもっとも鮮烈に心に残ったのは、ユニオン・ジャックの上で抱き合った青年ふたりである。マスクをかぶり軍服の男が国旗の上に仰向けになっている。まるで死体のようだ。青年が近づいてきて、酒をあおり、シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、軍服の男にかぶさり抱きしめると、男の手がかすかに反応して生きていたとわかる。意味も説明もない。虚無に浸った男二人のからみあいが、絶望的なまでに美しかった。

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