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特集「銀幕のアーティスト」

2018年9月7日

特集「銀幕のアーティスト8」⑦
ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ(下)(2017年 事実に基づく映画)

監督 メアリー・マクガキアン

出演 オーラ・ブラディ/ヴァンサン・ペレーズ

シネマ365日 No.2595

愛の深さ 

銀幕のアーティスト

「壁画事件」は「アイリーン・グレイ  孤高のデザイナー」で既述しましたので繰り返しませんが、アイリーンはル・コルビュジエが無断で「E.1027」に壁画を描いたのち、しかもその片棒をジャンが担いでいるのがわかったとき、ヴィラを出て二度と戻りませんでした。ロレーンたちは「知的所有権の侵害よ。それだけじゃない。建築家として認められるべきよ」と叱咤するのですが「あれはジャンへの贈り物よ」とアイリーン。「あなたって高尚なのね」と女友達は呆れる。よくよく争い事が性に合わなかったのでしょう。ル・コルビュジエは「自分の描いた文化財である壁画のあるヴィラを守る」という名目で、「E.1027」の隣に小屋を建て、妻と住み管理人に収まります。カマボコとカマボコ板みたいに張り付いちゃうのです。ヴィラが完成したとき、批評家は「建築と家具が一体となったミニマリズムの住宅だ。ル・コルビュジエの作品よりずっと社会的だ」と絶賛しています▼ル・コルニュジエ提唱の「建築5原則」を相手にしないアイリーンに「女の発想に意見などない。私の理念を否定するとは。知的な女性は病的である。虚しい愛情を注ぐことしか能がない生き物だ」なんて見栄も外聞もない罵しり方です。建築に対する思想が二人の間では根本的に違いました。場所は建築に関係ないというル・コルビュジエに「住宅は人を包み込む殻よ。拡張された自己であり、解放と発散でもある」とアイリーンは家にふさわしい環境にこだわり抜いた。それが海辺の断崖に建った「E.1027」であり、次作の「テンペ・ア・パイア」(時の実り)でした。残念なことに「テンペ・ア・パイア」は外観だけ残り、内装はアイリーンの創作の跡形もありません。ジャンは酒と女に身を持ち崩し彼の雑誌は休刊、飲酒がたたり膵臓ガンで病没しました。ル・コルビュジエはアイリーンの死の10年前、「E.1027」の建つ崖の下の海で、水泳中心臓発作で死にます。因縁めいています▼所有者のいなくなった「E.1027」がオークションにかけられ、ル・コルビュジエは資力のある女性の友人に買わせようとします。オークションには二人の買い手がいた。一人はル・コルニュジエの代理人の女性で、もう一人が海運王オナシスだった。入札ではオナシスが競り落としますが、ル・コルビュジエは「壁画をどうするか聞いてくれ」とオークショニアに耳打ちする。オナシスはケロリとして「この家を復元して元に戻す。落書きは抹消する」。オナシスの審美眼にとってル・コルビュジエの壁画は落書きに等しかった、と監督は描いています。落札は「文化財保護の見地から、ご婦人に」決まります。その後数奇な運命を辿って文化遺産に指定されたことをアイリーン・グレイは知ることなく1976年1031日、世を去りました。知ったとしても取り立ててどうこうはなかったと思えます。マサチューセッツ工科大学メディア科学修士号の証書も、無造作に置かれたままでした。最後まで忠実なメイド、ルイーズが身の回りの世話をしていた。いいつけた用事(設計に使う木材だったと思います)をまだ買いに行っていない。アイリーンがとがめると「お身体が心配で家を空けられません」という。ふん、バカなことを、とアイリーンは鼻で笑い、立ち上がろうとして倒れ起き上がりませんでした。98歳という年齢を考えれば稀に見る気力・体力の持ち主だった。11月5日遺体は火葬に付され、パリのペール・ラシェーズ墓地に眠ります。「物の価値はその創造に込められた愛の深さで決まる」と言い残しました▼劇中いけ好かない三枚目を振り当てられたル・コルビュジエですが、彼が独白するこのセリフは、監督がアイリーンのために言わせた言葉です。ル・コルビュジエはアイリーンの才能も力量も見誤っていなかった。公平を期すために書いておきます。「この家は官能に溢れた愛の表現だ。私の壁画は自己表現の形。私自身の性的妄想を表しているのだ。私の功績は人々の暮らしを根本的に変えたことだという。だが彼女はこの家を建てたことで私が働くこの世界の根本から変えたのだ。アイリーン・グレイが建てた家。私が本当に生きた場所。愛し、死んだ場所。私は彼女の功績に影を落とし、真実を語ることはなかった」