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特集「銀幕のアーティスト」

2018年9月10日

特集「銀幕のアーティスト8」⑩
すばらしき映画音楽たち(下)(2017年 ドキュメンタリー映画)

監督 マット・シュレーダー

シネマ365日 No.2598

映画が生んだ新しい芸術 

銀幕のアーティスト

 オバマ大統領の勝利宣言で使われたのは「タイタンズを忘れない」だった。1960年代後半から70年代にかけて映画音楽に変革が生じた。オーケストラからの解放だった。フォークやシンプルな音楽がブームとなり、サイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」が爆発的にヒットした。今でもこの歌を聴くと「卒業」のシーンがゆくりなく目の前をよぎる。どんでん返し映画の一つに「猿の惑星」のラストシーンが数えられる。砂漠にニョキッと自由の女神の頭が突き出ている。死の星と思ったのは地球だった…そして「エイリアン」の緊迫と危機を煽る場面に手腕を発揮したのがジェリー・ゴールドスミスだ。しかしながら彼は「パピヨン」のような叙情的な旋律でも突出している。「欲望という名の電車」で、映画音楽にジャズを組み込んだのはアレックス・ノート。彼は「クレオパトラ」という大史劇もやれば、真逆としか言いようのない「噂の二人」という、簡素極まる二人劇に音をつけた▼「007/ドクター・ノオ」で華々しくデビューしたジョン・バリー。「スカイフォール」のオープニングで耳慣れた「7」の「ジェームズ・ボンドのテーマ」が使われなかったとファンはブーイングし、次に復活した。半世紀を経ても映画と音楽は一心同体なのだ。エンニオ・モリオーネはどうだろう。葉巻をくわえたクリント・イーストウッドの細目に「荒野の用心棒」「夕日のガンマン」のヒュルルーン、ジャンゴ、ジャンゴという主題曲が重なる。モリオーネは実に多彩な曲を作り続けているが、マカロニ・ウェスタンを、少なくとも音楽の面でスタイルを決めてしまった。どうしても書いておきたいのがヒッチコックとバーナード・ハーマン。ヒッチの邪悪好きな嗜好は映像だけでは描ききれない。ミステリアスで次には必ず悪いことが起こる予感が観客を締め付ける。あのハゲ頭の中身のために、どれだけ私たちは我を忘れて映画館に足を運んだことだろう。「めまい」「サイコ」「」「北北西に進路を取れ」「マーニー」。ヒッチの独特の映画世界を、音楽は先へ、先へと誘導する。もしくは同時に震え上がらせる。終わりなき狂気が潜んでいることを短いフレーズは繰り返す。メロディに頼らない斬新な作曲だった。「サイコ」のシャワーのシーンは、無機質なハーマンの音楽がないと、ストリップのまちがいかと思うほど、全然怖くないのである。どちらも天才だった▼テクノロジーの進歩によって映画音楽も変わった。トレンド・レズナーはデヴィッド・フィンチャーのオファーを受け大喜びで参加したところ「フェイスブックと聞いて、セクシーさのかけらもない題材だと思った。だから直感的な印象を与えないようにした」。この音楽はアッティカ・ロスと共同だ。レズナーは「ドラゴン・タトゥーの女」で再びデヴィッド・フィンチャーと組む。フェイスブックから北欧ミステリーへ。音楽も映画も、つまるところイマジネーションの、想像力の羽ばたきが勝負なのだ。映画音楽は2021世紀が生んだ偉大な芸術だ。映画音楽の作曲家は特別な感性を必要とされる。その音楽が組み合わさることにより、映画がさらに力強く詩情豊かで、洗練した仕上がりになることを要求される。生かすも殺すも音楽次第、そういったとしても誰もが認めるだろう。映画を失速させた音楽に次のオファは来ない。プロフェッショナルの先端の仕事だ。科学で計り知れない不思議。こんな注文はどうかと思うが、イタリア、フランス、ドイツ、ハリウッド以外の映画音楽のドキュメントをも見たい。ここにもまた素晴らしい音楽がある。