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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2018年9月16日

特集「LGBT映画に見るゲイ10」265
ギリシャに消えた嘘(2015年 ゲイ映画)

監督 ホセイン・アミニ

出演 ヴィゴ・モーテンセン/キルティン・ダンスト/オスカー・アイザック

シネマ365日 No.2604

ハイスミスの影 

特集「LGBT映画に見るゲイ10」

 なんでこれをゲイ映画に入れたか。原作がパトリシア・ハイスミスだからよ(邦訳「殺意の迷宮」)。彼女の構成によくあるように、男女三人の当たり障りのない出会いからスタートします。主要舞台はギリシャのアテネ、クレタ。ホセイン・アミニ監督がほれこみ15年越しに映画化を実現したという、気合の入った作品で、ハイスミスの好きな美しい風景が存分に取り入れられています。彼女は美しさと静けさを愛した。美しい音楽、美しい庭、美しい文章、美しい女性。しかしながら静かな生活に波風を立たせるのは、決まって彼女の移り気で、恋人の一人は「パットが新しい小説を書くたび新しい恋人がいた」と回想しています。彼女らの存在が刺激であり、充実であり、書くアイデアの泉だったと自分でも言っている。本作を書いた40代は、もっとも旺盛な創作期で、これによって1964年英国推理作家協会賞外国作品賞を受賞しました▼ハイスミスが書く以上ゲイ体質を抜きに語れない。「太陽がいっぱい」の映画化では目立たなかったけど(なんせ、まだ縛りの強い60年代だったしね)「リプリー」ではそのものズバリです。本作だって、詐欺師だと正体がばれたにもかかわらず、アメリカからアテネに来たチェスター(ヴィゴ・モーテンセン)はウダウダと案内人のライダル(オスカー・アイザック)と離れず、彼によって警察に売られるのだけど、親切にも「殺人事件にライダルは一切関係ない。僕のためにすまなかった」と潔白を証言して死ぬ。妻コレットは不運なことに遺跡の階段から落ち打ち所が悪くて死んじゃう。妻とライダルが接近しすぎてチェスターは嫉妬でイライラする、ことにはなっていますが、妻とライダルが寝た、とは映画は描いていないし、所詮そんな淡白な関係であることが、夫にわからないはずはない。ああでもない。こうでもないと、不安と多義性の中で物語を進めるのはハイスミスの、病的と言ってもいい特色です▼映画がロケしたアテネの神殿(ギリシャのあちこちを含めて)は、ハイスミスが実際に恋人と旅した場所です。彼女は無口な美人で、誠実な女性だったと恋人たちはのちに回顧している。監督は原作者の心象風景に追走するように、荒涼とした無人の遺跡を丁寧に撮っています。アテネの虚無的なまでの青い空。逃避行、これもハイスミスの得手とする舞台設定です。そもそも彼女の出世作となった「見知らぬ乗客」は走る列車からスタートした。「太陽が…」は海から始まり、他人になりすまして逃走するリプリー。彼女はリプリーが気にいっており、署名には「パトリシア・ハイスミス、またの名をリプリー」と書くくらいだった。心の中に潜む悪、嫉妬、裏切り、それらは人間である限り潜在するもので、誰一人「自分の影」からは逃れられない。それが彼女の小説作法の鉄則でしたから、この一作に限って許しと贖罪で終わるなど、気でも違ったのかと思いました。ヴィゴ・モーテンセンの、次第に自分を見失っていく主人公がよかったですけどね。