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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2018年9月25日

特集「LGBT映画に見るゲイ10」274
ナチュラルウーマン(2018年 ゲイ映画)

監督 セバスティアン・レリオ

出演 ダニエラ・ヴェガ

シネマ365日 No.2613

美しい宣戦布告 

LGBT映画にみるゲイ特集10

 チリの映画です。男性から女性にトランスしたヒロイン、マリーナ(ダニエラ・ヴェガ)のシリアスな身の上を、セバスティアン・レリオ監督は大袈裟にせず、それこそ「ナチュラル」に追っています。物語が一挙に展開するのは、パートナー、オルランドが残した鍵で、サウナのロッカーを開けた後ですね。オルランドとマリーナは同棲して間なし、愛し合ったその夜、オルランドが急死する。病院に搬送され、間もなく死亡する。マリーナは刑事の尋問を受け、家族から嫌がらせや侮蔑・差別の扱いをさんざん受け、通夜にも葬儀にも、元妻ソニアから「来ないで」ピシャッと締め出される。オルランドの弟だけがかばってくれるが、息子なんか「バケモノ」とさげすみ、アパートを追い出す。おまけに数を頼んでマリーナを車に引きずり込み、顔じゅうテープで貼ってお化けみたいにし、路上に放り出すのだ▼こんなクズ家族相手に、なんと罵られようと無視していたマリーナの人が変わったのは、サウナのロッカーを開けてからだ。このサウナのシーンが面白い。マリーナは女性用サウナに入るのだが、手術はしたものの胸が大きくないので、バスタオルを腰に巻いたまま、男性サウナに入っていく。誰も咎めない。何が入っているのか、ロッカーを開けると空っぽ。なんだ、これ。思いません。わざわざ残してくれたキーだから、大事な書き置きとか、もしかのときに金に変える宝石とか、考えるじゃないですか。空っぽとは。マリーナだって虚を突かれていましたよ。その直後です。彼女は車に同乗した元妻や息子や親戚の前に立ちはだかる。「消えろ」と罵声を浴びせる連中に、いきなりバンパーに駆け上がり、「ウガーッ」と噛み付かんばかりに歯をむき出し、脚を広げてガンガンフロントガラスを叩く。「犬を返せ!」と叫ぶ。犬とはオルランドを二人で飼っていたシェパードだ。車の屋根に上り、飛び上がりながら踏みやぶりそうな勢いで屋根をガンガン踏みつける。次のシーン、彼女はシェパードを連れジョギングしている。さらに彼女はオペラ歌手としてデビューした。「心地よく幹部な木陰、こんな木陰は今までなかった、とてもやさしくて愛おしい」(ダニエラが自分で歌っています)▼空っぽのロッカーとは、オルランドはマリーナに、自分たちが愛し合った思い出以外残さなかったということね。ソニアたちは物欲の権化で、「何も盗らずアパートを出て行ってね」と屈辱的な言葉をマリーナに投げつける。信じられないです。体裁だけでも少しは礼儀をまとうのが常識だろうと思いますが、彼らにするとトランスジェンダーはまるで人間じゃない扱い。金も地位もない、体を売るか寄生虫みたいに男にくっついて生きる、おまけにマリーナを職質する女性刑事が、検査官が服を全部脱がせ、下着も取ってくれといい、刑事に「席を外してくれ」と指示するのに「いや、ここにいる」と、まるで見物人なのよ。いちいち虫酸の走る連中だわ。そうそう、何が言いたかったというと、それまで何を言っても我慢していたマリーナが豹変し、獣のように車に襲いかかった。クズ家族たちはビビリまくって犬を返したわけね▼オルランドが残した「空っぽ」の意味はこれだと思うのよ。もう君には何もない、誰もいない、自分の体一つ、気持ち一つで生きていくのだという、一種の宣戦布告よ。男から女になるのは難しいと思うわ。社会は何といったって、まだまだ男性優位ですから、それと逆を行くわけでしょう。男のままでいるほうが有利なことはいっぱいあると思うのだけど、あえてそれを棄てるのですから。でも選んだのだからやるしかないわ。味方もいます。マリーナの歌の先生は、彼女の素質を認め、事件のあと立ち直れずにいるマリーナをレッスンに向かわせる。姉も口は悪いが亭主の尻を叩き、妹に一宿一飯の宿を提供する。マリーナがパートで働くレストランの同僚は気にくわない刑事をまいてくれた。そしてこれ、冒頭に現れるイグアスの大瀑布。地球の裂け目のような恐るべき光景に人は吸い込まれるのを耐える。なんか、監督がマリーナに願うのは、イグアス規模の人間になって生き抜いてほしいのではないかと思ってしまいました。