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特集「ベストコレクション」

2018年10月2日

特集「秋たけなわのベストコレクション」②
ハッピーエンド(上)(2018年 社会派映画)

監督 ミヒャエル・ハネケ

出演 ジャン=ルイ・トランティニャン/イザベル・ユペール/ファンテーヌ・アルドゥアン

シネマ365日 No.2620

危険な種族 

特集「秋たけなわのベストコレクション」

 「僕が嫌いなのは脚本家や監督が、作品をこじんまりとまとめてしまうことだ。それだったら新聞や雑誌の記事で書いたほうがいい。複雑なことを要約するのがジャーナリズムだから。映画制作とは相容れないものだ」「僕らは第一世界という薄っぺらな世界で表面上は輝いている。他人の捉え方は表面的なものにとってかわられる。人々は物事の表面しか見ていない。表面しか見たくないし、見ようとしない」。ミヒャエル・ハネケは以上のように本作について述べています。SNSが社会や人間関係を変え、膨大な情報量の洪水で、何もかも知ってしまったような錯覚に陥るが、それが錯覚だとわかりつつ、軽くて居心地のよい「表面上」から、あえて深い理解を探ろうとしなくなった。でも自分の存在を掘り下げていくと、遅かれ早かれ、人がゆきつくところは死ではないか▼この映画で死に行きついたのは85歳の老人と13歳の少女です。老人ジョルジュがジャン=ルイ・トランティニャン。彼の孫娘エヴがファンテーヌ・アルドゥアン。ジョルジュ一家は建築業で成功したカレーのセレブ一族。海を見下ろす大邸宅に住み、事業は娘のアンヌ(イザベル・ユペール)が引き継ぎ、彼女の息子が次期社長だ。アンヌの弟トマは医師、再婚して妻アナイスがいます。元妻が死んで一人娘が残った。これがエヴ。エヴがジョルジュ家に引き取られることになります。家族という限定空間に潜む、目に見えない亀裂をハネケは静かにこじ開けていきます。登場人物は見事に現実的・即物的で、自分以外に関心を持たない、あるいは持とうとしない。アンナは建築現場で生じた崩落事故の処理に追われ、経営に多忙だが、息子は一向に前向きではない。「お母さん、忙しいのだろ、会社に行けよ」と、多分子供のころ、仕事にかまけてかまってくれなかった母親に、いい青年になってからも恨み言をいう精神的自立前の男子▼トマは医師という職業にあるまじきエロチャット狂いという裏の顔を持つ。相手の女は「トマ、あなたに抱かれたあの美しき三日間が今日まで生きる力を私に与えてくれたの。あなたの手で、匂いで、奔放な欲望で、私の不安は取り除かれついに変身したのよ。今では私は単なる血と肉の塊。あなたを愛する喜び、あなたに身も心も性器も魂も捧げる喜び、あなたと生きる喜び…」延々とこんなことを送信してくる。「身も心も性器も魂も捧げる」とわざわざ「性器」を挿入するところなんか、ハネケらしいいやらしさだわ。このエロチャットをエヴが開いてしまった。前後するが、エヴは自分の母親が口うるさいと、静かにさせるため安定剤を過剰に摂取させ、意識不明になった母親は病院に収容され、死んでしまったから、エヴが殺したのも同じだ。エヴは先にハムスターに実験的に薬を与え、死なせてしまうから殺し依存症であろう。自分に対してさえ、簡単に自殺しようとする。理由はエロチャットを見て、父親は遠からずアナイスを棄てエロ相手と結婚し、邪魔になった自分を施設に送りこむだろうという恐れからだ。ジョルジュは妻を介護の途中で絞殺した。以後は生きる屍となり自殺願望が日々募る。車をぶつけて死のうとしたが失敗し、車椅子になってしまった。それでも街に出て、見かけた移民の黒人の青年たちに話しかけ、あるいは屋敷に出入りの散髪屋の親父に頼み、銃を手に入れようとするが相手にされない。ジョルジュの死を求める奮闘ぶりは喜劇的ですらある。そんな時、自殺未遂した娘を心配し、ジョルジュに娘の話を聞いてやってほしいとトマが頼んできた。入ってきたエヴを見てジョルジュはピンとくる。可愛らしい顔をしているが、彼女こそ死の天使だ。「どうしてあんなことをした」。孫が黙っていると「わしにわからないと思っているのか」。もちろん母親の薬殺未遂を指摘している。主要登場人物はみな、他人への共感のない、表面的な満足で充分な人物ばかりだが、ジョルジュとエヴは薄っぺらな存在を拒否して、自分なりの「ハッピーエンド」それが自殺であろうと殺人であろうと、死に充足と完結を求める危険な種族だ。