女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ベストコレクション」

2018年10月11日

特集「秋たけなわのベストコレクション」⑪
ベロニカとの記憶(下)(2018年 ミステリー映画)

監督 リテーシュ・バトラ

出演 ジム・ブロードベント/シャーロット・ランプリング

シネマ365日 No.2629

明るみに出た過去 

特集「秋たけなわのベストコレクション」

 場面は現代。大学時代の友人たちと昼食したトニーは、エイドリアンの死が自殺だったと知る。ベロニカは今…トニーはベロニカの車から住所を割り出し、家の前をウロウロしているところを見つかり、前述の喫茶店で会うことにし、日記ではなく手紙を渡されるのですけど。ストーカーはまだ続く。接見禁止命令ものだ。車の中からベロニカの行く先を見張っていたトニーは、彼女がある施設から若い男と手をつないで出てくるのを見た。その青年は知的障害があった。ベロニカを見失い、青年の後を何度かつけまわした。青年が入ったレストランに一緒に入ったトニーを、引率の施設担当者が「君、僕たちに何か用ですか。エイドリアンが君を見て動揺している。この前も同じ人を見たと言ってね」。エイドリアンという名を聞いてトニーは察しをつけてわけをいった。「僕は彼の母親の友人です」。引率者は「何かのお間違いです。ベロニカはエイドリアンの母でなく姉です。彼の母は半年前に亡くなりました」▼全て明るみに出た。エイドリアン(父=トニーの元友人)はベロニカの家で母親に誘惑され、母親が妊娠、産んだ子供がエイドリアン・ジュニアで知的障害があった。父エイドリアンはトニーの手紙通り、生まれた息子も自分の身の上をも、呪われたものとして命を絶ったのだ。その起因は忌まわしいトニーの手紙にある。深く後悔し、自分の愚かさに気づいたトニーは、で、どうしたかというと妻に「許してくれ。僕は退屈で自分勝手な男だった。でも君と娘は私の宝だ。私は退屈で面倒な男だった。でも自分なりに自分を変えようと思っている」と懺悔する。妻は心を動かされ、彼の故障した時計の代わりに新品を贈り「ランチでもどう?」とメモを添えるのだ。馬鹿らしいにもホドがある。記憶、記憶というが、トニーの場合、記憶の改竄とか変質というより忘却ではないか。憎悪のこもったいやらしい、低劣な手紙を書きながらケロリと忘れていた。その後トニーはマーガレットと結婚し離婚した。しかしながらベロニカという名を聞いた途端、異様に積極的になったトニーの行動を見ていると、彼女と別れていた数十年が完全に忘却されていたとは思えない。トニーは忘れていたというより、ベロニカと過去の自分を抹消したかったのだ▼逆にベロニカはその手紙を保管していた。人にはよかろうと悪かろうと、どんなに忘れたかろうと、手放せない思い出がある。ベロニカが屈辱的な手紙を残しておいたのは、残酷な思い出を消したくなかった、自分の人生でなかったことにしたくなかったからだ。たとえトニーを許していても、彼女は同じことをしただろう。人の一生を縛るもの、それが記憶だ。記憶とは人生の断片ではなく存在そのものなのだ。しつこく過去を蒸し返そうとする男に、ろくに返事もせず微笑みも与えず、にべもなく席を立つベロニカの心は冷え切っている▼ここに二人の女がいる。どちらも相手には愛想をつかした。エゴイストで寛容のかけらもない、俗物で自意識肥大の男だった。一人はそんな男の後悔に許しを与え歩み寄る元妻のマーガレット。一人は一切の関わりを拒否して去るベロニカ。正しいとか正しくないとかの問題ではない。人には変えようのない記憶がある。変容し都合よく編集するかもしれないが、心から消えようのない記憶がある。記憶とは存在の背骨だ。ベロニカはその記憶とともに死ぬつもりだ。そんな女に比べ、男の生ぬるさに呆れた。せいぜい元妻と心やさしく生きてほしい。トニーは神の救いを得たのでしょう。ベロニカにはしかし、人間の救いを神は差しのべてほしい。