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特集「ベストコレクション」

2018年11月5日

特集「人形寺に秋たける11月のベストコレクション」⑤ 
聖なる鹿殺し(2018年 サイコ映画)

監督 ヨルゴス・ランティモス

出演 コリン・ファレル/ニコール・キッドマン/バリー・コーガン

シネマ365日 No.2654

悪の響きあい

特集「人形寺に秋たける11月のベストコレクション」

 鹿殺しとは「神様の聖なる鹿を殺してしまった父親が、娘を生贄に差し出して自分の罪を償う」っていう「アウリスのイピゲネイア」に基づくのですってよ。都合のいい贖罪ね。なんで娘が犠牲にならなくちゃいけないのよ。親父は自分が死ねばいいだろ。ヨルゴス・ランティモス監督の「ロブスター」にしても「籠の中の乙女」にしても、悪い夢というしかない後味の悪さは本作で最高潮に達します。ただ主人公の不気味な青年、マーティン(バリー・コーガン)に興味があります。彼の父親が術中死した、執刀医はスティーブン(コリン・ファレル)だった。飲酒して手術したのは初めてではなく、うまくもみ消していたらしい。マーティンはスティーブンを責めず、礼儀正しい青年として近づき、スティーブンは脛に傷があるものだから、親切っぽく相談にのったり、高価な時計をプレゼントしたりする▼そのうちマーティンは連絡もなく病院に現れるなど、ストーカーみたいになる。ある日スティーブンの息子のボブが立てなくなった。あらゆる検査にかかわらず原因不明だ。マーティンは「とうとう始まったか。あなたは僕の家族を一人殺したから、あなたの家族も一人殺されねばならない。もし殺さないとみな死ぬ。ボブもキムも奥さんも病気で死ぬ」。兆候は「手足のマヒ。食事の拒否。目から出血、数時間で死ぬ。先生は助かります」。このあたりでバカらしくなったのですが、ニコール・キッドマンがスティーブンの妻で眼科医のアナで出演しているので見る気になりました。なにしろ「虹蛇と眠る女」では砂漠の町の真ん中でフルヌードになる、神経の疲れきった女性を演じたくらいですから、今度は何をやるのだろうと。ランティモス監督の作品は暗喩が散りばめられています。ならばマーティンが体現しているのは何か。人を死なせるほどの支配力を振るうのだから神か。だからスティーブンもアナも、キムなどは初めからマーティンにスリスリです。彼女は意地悪く「次はママよ。最初はマヒなの。だから必要なものを身の回りにおいておくこと。すぐ慣れるわ」と冷笑して母親にひっぱたかれる。アナはスティーブンとマーティンが知り合った関係を探ろうと、同僚医師に「人の前ではできないこと」をしてやり、彼の飲酒手術が習慣化されていたことを聞き出します。スティーブンはマーティンを地下室に閉じ込め、暴力を振るい屈服させようとしますが、マーティンはせせら笑うだけ。アナは「こいつのイカレぶりには勝てっこない」と見切りをつけ、現実問題として「死なせるのは子供ね。まだ作れるし人工授精の道もある」と夫に持ちかけます。この判断も怖いわね〜。家族は残酷に、理性も分別も失っていく。マーティンは神などではない、悪の化身なのです。だから人間がかなうはずもなく、アナはマーティンの足を舐め、全面降伏を表示し、スティーブンは素っ裸で部屋の椅子にへたり込む。もはや正気の人間はいない。彼も妻も仕事に行っている様子はなく、ひたすらマーティンの支配に運命を委ねています。残る問題は家族の誰を殺すか。ロシアン・ルーレットみたいに、スティーブンが目隠しして銃を撃ち、当たったものが死ぬ、という方法を選びます。心臓を撃ち抜かれボブが死にます。残る3人は助かり、キムも呪いが解けたように歩け、レストランでマーティンと出会うが、言葉も交わさず店を出る▼マーティンは生贄をささげられ満足したのでしょうか。そうでしょうか。そんな人の好い「悪」があるでしょうか。どうせ次つぎ犠牲者は現れると思えます。悪は人の心に潜む自分の分身を嗅ぎつけると際限なく、地上に呼び出そうとするから。秘密を暴き、それまで誰も知らなかったみっともない正体を晒させ、愛情で結ばれたはずの絆をもズタズタにする。キッドマンは眼科医ですが、内科医でも産婦人科医でもなんでも差し支えない。知的で尊敬を集める女性もいざとなれば「子供が先よ」と決定を下し自分のサバイバルを優先する。ボブが最初の犠牲者に選ばれるのは、多分マーティンに関心を示さなかったから、気に食わなかったのでしょう。スティーブン一家に元どおりの幸福が再来するとは思えない。悪は目的を達したのだ。例えばキアヌ・リーブスの「ディアボロス/悪魔の扉」のように、主人公をボロボロに破滅させたとたん、ハッと夢から覚め「悪夢だった、そうだ、悪の奸弄にはまるところだった、真摯に人生に取り組まねば」と覚醒させるオチではなく、ひたすら悪の不協和音を響かせ、描き出す。イケズですね、この監督(笑)。