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特集「ディーバ(大女優)」

2018年12月6日

特集「ディーバ17」ロミー・シュナイダー⑥
恋ひとすじに(上)(1959年 恋愛映画)

監督 ピエール・ガスパール=ユイ

出演 ロミー・シュナイダー/アラン・ドロン

シネマ365日 No.2685

アラン・ドロン

DiVA特集17 ロミー・シュナイダ

 ロミー・シュナイダーがアラン・ドロンと出会った当時、不定期に書き綴った文章がレナーテ・ザイデル編「ロミー・シュナイダー」に掲載されている。「彼についてはどんな細かいことでも覚えている」。フランス語が話せないロミーとドイツ語が話せないアランは意思疎通がうまくいかず、ロミーの家庭では「全員アランが嫌いだった」。パリの街で、彼は水を得た魚のようにカッコよかった。Gパンにスポーツシャツ、若さの塊、だらしない髪型をして早口で話す野生的な男。スポーツカーを乗りまわし信号を無視して走り、スタジオには必ず遅刻してくる、数々のよからぬ噂を持つ男だった。本作で共演するジャン=クロード・ブリアリが、顔を背けて打ち解けない二人を仲良くさせようと努力したが無駄だった。転機は舞踏会に出席する二人が汽車でブリュッセルに向かった時だ。長い車中で語り合う時間は充分だった。ブリュッセルの駅に迎えに来ていた母親は、娘を一目見て言った「あら、あなた、彼にまいったのね」▼アラン・ドロンという非家庭的なフランス男をロミーの家族は受け入れなかった。しかし実家を飛び出しパリで同棲した娘を放っておけず「婚約」という形でお茶を濁すことにした。二人の間にあるギャップをアラン・ドロンはこう指摘している。裕福な上流家庭で育ったロミーを「僕が世の中で一番嫌いな階層の人間だ。20年にもわたって彼女が身につけてきたものを僕が5年ほどで消し去ることはできない。僕の中には二人、三人のアラン・ドロンがいて、彼女の中にも二人のロミー・シュナイダーがいる。一人のロミーのことは世界中の誰よりも愛している。だがもう一人のロミーは同じくらい嫌いな人間だ」。パリでロミーはフランス語を勉強し友達を増やしたが何本かのドイツ映画の契約が終わると仕事は途絶えた。ドイツ映画界のアイドルがフランス男と出奔した。裏切り者だとしてドイツのリストから外され、フランスではまだリストにも載っていない女優となった▼立て続けに大作に出演しヒットするアラン・ドロンに、生まれて初めて他人の成功を妬ましく思った。しかし家庭的でない男が女優ロミー・シュナイダーを見る目は炯眼だった。彼はルキノ・ヴィスコンティにロミーを引き合わせたのだ。ヴィスコンティ監督の舞台「あわれ彼女は娼婦」の主役アナベラに。全編フランス語のセリフ、アナベラを愛する実の兄ジョヴァンニにアラン・ドロン。この「狂った計画」にロミーは飛び込む。ヴィスコンティの厳しい指導と四面楚歌のフランス演劇界でのストレス。上演の舞台は大劇場テアトル・ド・パリ。稽古に入りヨタヨタと舞台を這い回るだけのロミー。取り乱し大声で笑うはずが泣き声に変わるのがわかる。ヴィスコンティは「続けて」というだけだった。劇中の歌が歌えない。ヴィスコンティは爆発した。「一生歌うな。金輪際歌わなくていい。家へ帰れ。二度と戻ってくるな。さらば、マドモワゼル」。この瞬間をロミーは覚えていない。ただ震えるような声で歌った。「続けろ。もっと続けろ」。10回、20回とやり直し。ロミーはこう書いている。「突然何かが吹っ切れたような感じがした。この時の感覚を今でもはっきりと覚えている」。OKが出た時ロミーは舞台の上で泣き崩れた。監督が近寄り「悪くなかったぞ、ロミーナ」肩に手を置いていった。ヴィスコンティとの仕事は明らかな飛躍をもたらした。ヴィスコンティはオムニバス映画「ボッカチオ’70」の主役にロミーを抜擢する。フェデリコ・フェリーニはアニタ・エグバーク。ヴィットリオ・デ・シーカはソフィア・ローレン。それぞれの監督が切り札とも言える女優の中に、ヴィスコンティは自分が育てたスペードのエースを出したのだ。だが間違わないでいよう。そもそもロミーをヴィスコンティの元に連れて行ったのはアラン・ドロンなのである。