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特集「ディーバ(大女優)」

2018年12月8日

特集「ディーバ17」ロミー・シュナイダー⑧
地獄の貴婦人(上)(1975年 事実に基づく映画)

監督 フランシス・ジロー

出演 ロミー・シュナイダー/ミシェル・ピコリ

シネマ365日 No.2687

真性の悪女 

DiVA特集17 ロミー・シュナイダ

 悪徳弁護士サレ(ミシェル・ピコリ)と組んだ姉妹、姉フィロメーナ(ロミー・シュナイダー)と妹カタリーナが、保険金殺人を繰り返す。姉が結婚し、薬物か心臓麻痺かで相手を殺し、弁護士が手際よく処理し、まんまと保険金を手に入れる。劇中の死体処理は酸鼻を極める。射殺した夫婦の死体を二階にあるバスタブに入れ硫酸を注ぎ、ドロドロになった液体を、サレがかき回しながらバケツに汲み出す。フィロメーナとカタリーナは庭に大きな穴を掘り、そこへ何どもバケツを運び中身を捨てる。液体には崩れてはいるが、人体の固形部分が残っている。フィロメーナは穴のそばに立って、長い杓子で泥状の液体をかき混ぜながら、地面に浸潤させるのだ。途中カタリーナは空腹を覚え、血だらけの殺人現場でスパゲッティを食べる。フィロメーナは発情しサレを口淫する▼重症の結核で死にかけている修道女に目をつけた三人は、不幸な人の最後を幸福に見送りたいとしおらしい理由をつけ、修道女を引き取る。寿命を縮めるため夜遊びに連れ出し、カトリーナは誘惑しベッドで責めるが、なぜか修道女は元気を取り戻した。保険金の受取人はカトリーナだったが、カトリーナが死ねば受取人は姉だ。この姉は、もたもたしているより「妹を殺せばいいじゃない」というのである。妹は墜落死した。姉は泣いたあと「これで私はセレ夫人ね」ケロリというのだ。もちろんセレに保険をかけ、受取人はフィロメーナだ。ロミーは生涯で約60本の映画に出演したが、共演者ではミシェル・ピコリが9本。いちばん多い。ピコリとロミーは共犯者のような依存関係にあった。ロミーの夫によれば普段は食事することもなく、特に親しい友人というふうでもなかったが、役に入ると全てが地下水脈で繋がっているような、濃密なつながりを感じさせた。ふたりでいて最後まで会話を続けることがほとんどないのは、相手が何を意図しているか、言いたいことを察してしまい、途中で会話は終わるからだとピコリは言っている。仕事の上の分身だった。監督のフランシス・ジローは30歳。初監督作品だった。脚本も彼が参加した。シナリオが持ち込まれた時、さすがにロミーは逡巡した。内容は実際にあった猟奇殺人だったし、淫靡で残酷で、グロテスクなシーンは山盛り、ロミーが演じる女は悪徳の権化だった。「俳優の務めとは勇気を持って演じてみることだよ」というピコリに励まされ、ロミーはこの難役を受ける。36歳だった。「太陽が知っている」で長い生き埋め状態からスクリーンに復帰したロミーは鬱屈を放散するように、黄金時代を迎えていた。仕事に覇気がみなぎっていた。それまで演じたことのない、また演じられたこともなかったであろう、極北・真性の悪女に取り組んだのである。本作の悪女で、ロミーは犯罪者の心理とか性格とかの分析をキレイさっぱり放擲した。彼女が造型したフィロメーナは、タイプでいうと「トム・リプレー」に近い。パトリシア・ハイスミスが創作の源泉にした「悪とは何か」を体現する人物。つまり、殺人に罪悪感を持たない人間がこの世にはいる。彼らには罪の意識がない。騙すことも裏切ることも殺すことも、それが罪と意識するなら彼らを待つのは慚愧と破滅だろう。しかし、少なくともこの映画でフィロメーナは滅びず罰されることはない。劇中のロミーは重すぎる死体を運ぶのにセレを呼びつけて手伝わせ、肩が凝った、腰が痛む、それが自らの所業の最大の後悔であるように、疲れをにじませるに過ぎない。