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特集「ディーバ(大女優)」

2018年12月12日

特集「ディーバ17」ロミー・シュナイダー⑫
ルートヴィヒ(下)(1980年 事実に基づく映画)

監督 ルキノ・ヴィスコンティ

出演 ヘルムート・バーガー/ロミー・シュナイダー/ヘルムート・グリーム

シネマ365日 No.2691

光の中の虚無 

DiVA特集17 ロミー・シュナイダ

 ルートヴィヒには忠臣がいた。若いときから王が目をかけてくれたことを忘れず、彼だけは苦言を呈し、廃位を決定しようとする閣僚から王を守った。デュルクハイム大尉(のちに大佐=ヘルムート・グリーム)だ。「世界は耐え難いほど卑しい。人は物質的な安定を求め命さえ投げ出す。私は信念と行動を一致させたい。だから戦争に背を向けた。卑怯からではない。真実に生き、自由でいたいのだ」「失礼ながら、陛下。真実とは陛下のお立場のような特権的な自由とは別です。真の自由は万人のもので誰もが手にする権利がある。我々の世界は純粋でもなく善も悪もない。私は危険な戦場にいて取り残されましたが、兵士をお見捨てになった陛下に憐れみを感じました。陛下は義務を無視し幸福を見出したと錯覚された。人生を愛する者は慎重に生きねば。国王とて同じです。国王の大権にしても社会の枠の中に制限されています。平凡な人間は陛下が言うように物質的な安定だけを求めているのではない。王についていけるのは快楽を自由と解釈する人だけです。卑しい詐欺師や下僕、人を食い物にする芸術家、そんな者は遠ざけるべきです。真の存在理由を見つけねば。平凡を受け入れ素朴な人間の存在理由を。勇気のいることですがそれが陛下の孤独から逃れる唯一の道です」▼ロミーの出演する最後のシーンは、ルートヴィヒが建設したヘレンキームゼー城である。バイエルン州のキームゼーに浮かぶ島にある。財政圧迫下で未完成となったが、ヴェルサイユ宮殿を模して建てられ、のちに本物より壮麗と言われる。ロミーはエントランスの「大使の階段」と呼ばれる大階段をゆっくりと上る。黒いコスチュームがポツンと浮かび上がらせる。天井の天窓から柔らかな自然光が差し込む。鏡の回廊。このギャラリーだけで1848本のローソクが灯る。回廊の端に姿を現したエリザベートは、何かを確かめるようにゆっくりと歩む。ルートヴィヒの全生涯を絵解きのように理解した。砂場で遊びに没頭する子供と同じ夢想だ。彼は幸福な妄想に生きたのか、不幸な狂気に投げ込まれたのか、もはやどちらとも判別できず、ただこの美しい城を残し、狂王の名を残して生を全うするだけだ。遠からず命を絶つだろう。ルートヴィヒという従弟は美しく、誇り高く、妥協を知らない異端者だった。神は彼に恩寵を与えながら、その恩寵を使いこなす現実のスキルを与えなかった。神は彼を愛しながら、人に愛される術を教えなかった。この自分以外には…。国も城も愛も、彼の心の外にしかない。完成された壮麗な城に誰も住まない。城主は孤独に、美々しい寝室で一人眠るだけだ。細工を施した広い食卓に座る城主は、何人分の食事を用意させ、テーブルにセットした。銀色のナイフにフォーク、マイセンの食器には料理人が腕によりをかけた料理が。料理人は城主が同席する客人に話しかけるのと同様の会話を聞いた。彼にとって高貴な客人たちは架空ではなく、現にそこにいるのだった。なんと言えばいいのだろう。ほのかな光の中に明滅する虚無。ルートヴィヒの精神の内側にだけ見える美しい形象。もしデュルクハイム大佐がこの食卓に列すればやはり言っただろう。「善でもなく悪でもない世界で人は生きているのです、陛下」。彼は国王狂人説を退けた数少ない側近だった。閣僚は言う。「国王がまともなら私たちが狂っているのだ」。ヴィスコンティの美意識は狂気に向き合う狂気としてルートヴィヒの内面の格闘を壮絶に映し出します。彼に響きあうエリザベートが、いやロミー・シュナイダーが悽愴に美しかったです。