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特集「ディーバ(大女優)」

2018年12月14日

特集「ディーバ17」ロミー・シュナイダー⑭
サン・スーシの女(下)(1984年 ヒューマン映画)

監督 ジャック・ルーフィオ

出演 ロミー・シュナイダー/ミシェル・ピコリ/ヘルムート・グリーム/マチュー・カリエール

シネマ365日 No.2693

恋のしずく 

DiVA特集17 ロミー・シュナイダ

 「サン・スーシの女」の撮影は三度暗礁に乗り上げ、三度延期になりました。ロミー・シュナイダーが直前に最愛の息子を事故で亡くしたショックが尾を引いていたこと、彼女の心身が安定を欠いていたことが主因です。代役を立てる案まで出たが、ジャック・ルーフィオ監督はロミーでなければ降りると決めていた。今でも語り草になっているクリスマスのレストランの撮影を、スタッフは特に危惧した。エルザが息子マックスに「弾いて、ママのために」と頼むのだから。マックスは楽団のメンバーからヴァイオリンを借り「亡命の歌」を弾きます。ロミーの目が潤み、涙が流れる。泣き伏したかったでしょうが、涙一筋に止めたのが彼女の渾身の演技だった▼このシーンでロミーはスパンコールがきらめく銀色のロングドレス、青い透明なケープをまとい、ケープの飾り物はオーガンジーで、首元をエレガントにおおっている。デザインはイングリット・ツォーレ。ロミーは痩せ細り、度々サイズ直しをしなければならなかった。共演したマックス少年役のウェンデリン・ウェルナーは回想する。「ロミーが泣き崩れ、瞼を泣き腫らすので何度もメークを直した。ロミーは自分自身に言って聞かせるように『レーベン・イスト・シャイセ』=人生なんてクソだ=とつぶやいていました」。沈み込んでいるロミーを、公式の席に引っ張り出したのはアラン・ドロンだった。1981年9月、彼は自分の初監督作品「危険なささやき」に彼女をエスコートし、ロミー健在を報道陣にアピールした。同年1229日撮影は終了した。翌年4月公開が近づいた。ロミーは沈黙を破り、フランス国営の人気番組「シャンゼリゼ」のインタビューを受けた。「あなたがルーフィオ監督との撮影を受け入れたのは『芝居は続けなければならない』(ショー・マスト・ゴー・オン)だからですか」ロミーは答える「むしろ『人生は続けなければならない』(ライフ・マスト・ゴー・オン)だからです。私には責任があります。全力で仕事を続けるでしょう。前進しなければならない。立ち止まるわけにはいかないのです」▼「サン・スーシの女」はパリで51万人、フランスで196万人を動員し、女優ロミー・シュナイダーへの賛嘆と敬意をファンは立証した。本作の後アラン・ドロンとの共演でサスペンス映画が予定されていた。人生は続くはずだった…。ここ何カ月間ロミーの映画を見てきて、実に稀なる女優だったと思います。刻々と変化する表情、表情の底にある、喜びとか悲しみとかの言葉では言い表せないコク。複雑でタフで、忍耐強くわがままで孤独だった。5月29日ロミーの死が報道された数日後、アラン・ドロンが友人のジャーナリストに口述した告別の手紙がある。その一部を挙げよう。二人の関係を何も知らなくて読んだとしても、恋のしずくの結晶を見るだろう「僕たちはとってもよく似ていた。二人とも人生に不安を抱いていた。それにしても僕たち俳優は自分が何者でどんな人間なのかをどうやって他人に説明したらいいのだろう。自分とは違う人間を演じるとき、僕たちは狂ってしまうのだということを。僕たち二人は同じ種族の人間だった。僕たち二人の間では何もかもが純粋で透き通っていた。僕は君を見つめている。眠っている君を。今こそ静かにおやすみ。僕は何度も、何度も君を見つめる。僕はここにいるよ。僕はまたひとりぼっちだ」