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特集「銀幕のアーティスト」

2018年12月24日

特集「銀幕のアーティスト9」②
ゴッホ最期の手紙(下)(2017年 アニメ、伝記)

監督 ドロタ・コビエラ/ヒュー・ウェルチマン

シネマ365日 No.2703

愛を込めて 

 宿の娘「彼が送った最期の手紙は自殺する前日よ。至急投函してと。絵の具がなくなったので送ってもらうのだと。自殺する人が絵の具を発注する? きっと何かが起こったのよ。ガシェが関係しているわ。あの家で何かがあったのよ」。アルマンは考え込む。「タンギーは畑で自分を撃ったといった。宿の娘もそういう。しかし致命傷を負って畑から宿まで帰るには距離がありすぎる。本気で自殺するなら、なぜ銃を拾ってもう一度撃たなかったのか。畑で彼を見た者はいない。銃も画材も見つかっていない。村のスクレタン兄弟がゴッホの絵の具箱に蛇を入れて驚かせた。お詫びに一杯おごったとか」。ある農夫の証言「あの画家が傷を負った日、納屋で銃声を聞いたよ」。マゼリ医師の証言「自殺者は頭を撃つものだ。腹を撃つ者なんかいない。銃槍の角度がおかしかった。至近距離で撃つと弾は貫通する。しかし弾は腹にとどまっていた。おそらく彼は、離れた場所から撃たれたのだ」▼ガシェの娘「真実を言うわ。あの日父とゴッホの間で口論があった。父は芸術家になろうとしてなれなかった人なの。だからゴッホに対して複雑だった。わずか数年のうちに父が二度生きても描けなかった絵を描いてしまう。父はよくゴッホの絵を模写していた。あの日、ゴッホが庭で絵を描いていた。父は、傑作が生まれつつあるのだから邪魔をするなといったから私は出かけた。間もなく二人は口論になった。もし私がいれば口論は避けられたかもしれない。次に二人が会った時はゴッホの体に銃弾があった。彼はゴッホが死んだ日、一緒にいた、酔っぱらった村の若者レネに撃たれたのよ」。アルマンはガッシュ医師と対面した。「僕は自殺と思っていない。銃を持つレネが一緒にいた。多分彼が撃ったのだろう。しかし彼はベッドの上で、誰のせいでもないと言った。彼は私をかばったのだよ。彼が死んだのはテオを救うためだ。私の言葉が原因であの日、口論になった。そして彼は言ってはならぬことを言ったのだ。私を偽芸術家だと。私は画家に憧れながら父に逆らえず医師の道に進んだ。それを欺瞞の人生だとなじられた。カッとして言い返した。真実を言おう。テオは梅毒の第三期だった。経済的、精神的、肉体的ストレスは命を縮める。兄に使った金でテオは家を買えただろう。だが妻と赤ん坊のために何が残った。誰も買いたがらない絵の山だ。兄を支える苦労がわかるか。君の芸術にそこまでの価値があるかと。口論の2週間後、私は彼の枕元にいた。彼はこういった。これがみんなのためだ…」▼ガシェはゴッホの義妹が書き写して送ってくれた手紙をアルマンに読みます。ゴッホが画家として旅をし始めた頃の手紙だそうです「僕は何者だ。人にどう見られている。取るに足らぬ者。実態のない者。不快な者。社会において何の地位も持たぬ者。つまり最低の人間ということだ。それがたとえ真実だとしても、いつの日か、作品において示そう。取るに足らぬ僕が、実体のない僕が、心に秘めているものを」。アルマンは父の元に帰りました。父は言う「大事なのは何のために戦うかだ。見てみろ。店には別の世界がある」。アルマン「間違っているよ。愚かな事故で命を落とすなんて。なぜ彼は若者をかばったのだ。人々が彼の作品を評価するときは来るのかな」。父「オランダからヨー(テオの妻)からだ。手紙を受け取ったと。中身を見せたいので書き写したそうだ」。次が最期の手紙です。「画家の人生において死はおそらく最も難しいものではない。そのことについて僕は何も知らない。でも星を見るたび夢想する。我々は大空の光に決して手が届かない。もしかして死は星へ行く手段か。老齢での安らかな死は、歩いて星へ行くことか。ベッドへ行こう。もう夜も更けた。おやすみ。君たちに幸運を祈る。愛を込めて。フィンセント」。私たちがいま見ている彼の数々の絵こそが、ゴッホが込めた全身全霊の愛でした。