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特集「銀幕のアーティスト」

2018年12月25日

特集「銀幕のアーティスト9」③
ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣(上)(2017年 ドキュメンタリー映画)

監督 スティーヴン・カンター

出演 セルゲイ・ポルーニン

シネマ365日 No.2704

哀しみのしたたり

「栄養剤、心臓の薬、鎮痛剤…」セルゲイ・ポルーニンが楽屋の鏡の前で常備薬を飲んでいる。鎮痛剤は「すぐハイになる。踊ったことも忘れるくらいさ」。セルゲイは1989年ウクライナの小村、ヘルソン生まれ。貧しい町だった。母ガリーナは息子を首都キエフの最高峰、国立バレエ学校に入れる。アパートの家賃、学費、物価も高かった。セルゲイの学資を稼ぐため、祖母と父はポルトガルに、祖母はギリシャに出稼ぎに出た。母だけがセルゲイの世話に残った。母はイギリスのロイヤル・バレエ団のオーディションを申し込む。数千人の志望者から残るのは1314人。セルゲイの才能は明らかだった。誰よりも先を行った。ライオンのごとく助走するが、跳躍すると軸のしっかりした美しいジャンプになった。毎日最後まで残り、他の生徒の2倍レッスンを取っていた。「頑張ればもう一度家族が一緒になれると思った。失敗したら国に戻される」13歳の少年が思い描く心象とすれば過酷な情景だ▼ダンサーはタフでなければならない。本番では毎日完璧が求められ、すべてを犠牲にして踊りに没頭していく。バレエ学校の生徒が努力するのはプリンシパルになるためだ。セルゲイは19歳でその座に着いた。しかし目指す目標はなくなっていた。15歳のとき両親が離婚し、誰のために、何のために頑張ればいいのか、バレエで家族を一つにできると信じていたのにできなかった。「だからすごく悲しくて、二度と誰かを大切に思わないと決めた。思い出もつくらない。それから何年も泣かなかった」。ロイヤル・バレエ団最年少でプリンシパルになった。友人は言う。「見事な踊りを見せたが一度も公演に両親を呼ばなかった。このために頑張ろうと思うものがなくなったら誰だって心が折れる」。不機嫌、ウツ、ドラッグ、サボタージュ、「人生は短い」「マッドハウス」などのタトゥー。父親は上半身裸で踊るダンサーの肉体に八つの「入れ墨があると聞いて卒倒しかけた」。クラシックバレエには厳格な規律がある。命令と関係者との軋轢にうんざり。退団を発表し「バレエ団にできることは」という質問に「何も」。答えが虚無的だ▼ロイヤル・バレエ団のプリンシパルの人生はきつい。自分を律し禁欲的な日々を送る。夜は7時までリハ。10時まで本番。自由な時間はない。しかも彼には次の目標が見えなかった。セルゲイは内部から崩壊した。アメリカに新天地を求めたが、ロンドンでキレた彼を受け入れるバレエ団はなかった。ロシアに行った。スター扱いはされなかった。「ロンドンでは大スターで、よく新聞に載っていたのですよ」と紹介されるのがうら悲しい。しかしセルゲイはモスクワ音楽劇場バレエ監督、イーゴリ・ゼレンスキーに認められた。ロシアの2年間は新鮮だった。だがここでもロンドンと同じような地獄が襲いかかる。「踊らなきゃいけないと感じるのがイヤだった。踊りが得意だからって強制されたくない。踊って疲れるたびに思った。なぜ続けると。体が痛くても休めない。休むと肩が固まって背中に激痛が走る。肉体と義務感に監禁されている」。ロンドンに戻りロスに移った。親友のジェイド・ヘイル=クリストファはロイヤル・バレエ団時代からの親友だ。「引退するから最後のダンスの振り付けを頼まれた。曲はテイク・ミー・トゥ・チャーチだ」。高名な写真家デヴィッド・ラシャペルにより、ハワイのマウイ島で撮影された。なんと言えばいいのだろう。たった一人、セルゲイは哀しみのしたたりのように踊るのだ。