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特集「銀幕のアーティスト」

2018年12月29日

特集「銀幕のアーティスト9」⑦
DARK STAR H.R. ギーガーの世界(下)(2015年 ドキュメンタリー映画)

監督 ベリンダ・サリン

シネマ365日 No.2708

心の目 

銀幕のアーティスト特集vol.9

 オーストリア、リンツのレントス美術館のアンドレアス・ヒルシュ学芸員は「ギーガーの全作品のテーマは誕生・生殖・死の三つからなるサイクルだ」と分析する。「死と誕生と、エロスとタナトスが一つに融合する。彼は闇の世界に惹かれ、自分にとって居心地のいい場所を見つけて居座った。普通の人なら二つの世界を行き来するが、彼は闇に残った。我々が恐怖で逃げだすような世界に、彼は安らぎを感じるのです」。ギーガーのスイスの自宅を見れば、ヒルシュ学芸員の卓見がわかる。髑髏、獣の骨、人骨、正体不明の発掘物。庭には獲物を晒し物にしたような飾り、呪術と思しきものの小道具…庭のあちこちに立つオブジェは彼の内面世界を包む繭のようなものだった。外の世界の現実から、幻想に満ちたインサイドを包み込む繭だった。庭は木立に囲まれ、梢は風にそよぎある婆所に豊かな木陰を作り、ある場所には…小さな「幽霊列車」が走る。ギーガーが子供の頃、街の行事だった「幽霊列車」と自分の庭に手作りで走らせている。もちろん線路があり、トンネルがあり、トンネルの内部は人体の肉と血を表す赤い壁。彼は時々それに乗って機嫌良さげに庭を走らせる▼ギーガー美術館は、ハリウッドで成功した彼がスイス、グリュイエルムのサン・ジェルマン城を買い取ったものだ。彼のお気に入りは「呪いの部屋」。そこにとどまっていると気が変になってもおかしくない部屋に、ギーガーのありとあらゆる幻想が詰め込まれている。悲劇に終わったからギーガーは話したがらないが、9年間一緒に暮らしたリーという恋人がいた。仲のいい二人だった。ギーガーが注目されるきっかけになったジャケット・デザイン「恐怖の頭脳改革」のモデルはリーであることがはっきり読み取れる。リーの兄パウル・トプラーは「カトリックの禁欲的な教育を受けていた妹が、矛盾に満ちていたタブーの世界の一員となった。何もかも許される世界に戸惑った」。彼女はある日、床に「さようなら」と書いてピストル自殺する。ギーガーの闇はますます深くなった。彼は「描けなくなる恐怖」を克服するために描いた。リーは絵の中によみがえった。繰り返すが、彼の絵にある美しい微光は、彼の信じた愛の世界から差し込むものだったに違いない▼写真家のハンス・シュミットは最晩年のギーガーを撮影した。ギーガーのアトリエに入る人はごく限られていて、彼はその数少ない人々の一人だった。ほとんどポーズをとらせない。「こっちを見て、笑って」。記念写真を撮るような平凡な注文にギーガーが素直に応じている。シュミットのギーガー評を聞きたい「時間がたてば彼の真価がわかるはずだ。社会の常識に逆らった作品はグロテスクで不気味と言われ、大衆の共感は得られなかった。しかし心の目で見ると、奇妙な変化が起こる」。どんな変化が起こるのかは、見る人それぞれの心の目に任せよう。