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特集「銀幕のアーティスト」

2018年12月28日

特集「銀幕のアーティスト9」⑥
DARK STAR H.R. ギーガーの世界(上)(2015年 ドキュメンタリー映画)

監督 ベリンダ・サリン

シネマ365日 No.2707

セクシャル・マジック 

銀幕のアーティスト特集vol.9

 リドリー・スコット監督は、自作の決め手になる、主役「エイリアン」の造型に悶々としていた。ふと目にしたのがハンス・リューディ・ギーガーの画集「ネクロノミコン」だ。リドリー・スコットは「腰を抜かした」と回顧している。宇宙最強の邪悪の盟主を視覚化するとすればこの作家しかいない。ギーガーは天才と呼ぶにふさわしいが、リドリー・スコットの直感と洞察なしに映画史上、空前絶後の傑作は生まれなかった。知られすぎたエピソードだ。ギーガーの作品はラディカルな、セクシャル・マジックの幻想空間と言える。人体、特に女性のパーツは怪物的な変形を遂げる。おぞましくグロテスクで、社会が好ましいとする善良さや和やかさのかけらもない。始まりも終わりもなく、うねりながら連結する性器、塗り込められた背景に鈍くうごめくクリーチャー。目を背けたいのに、それはポルノの露出とはほど遠い、表層からの逃走ともいう情熱によって闇の世界に見る者を引きずり込む。彼の全作品に見られる優美かつホラーな曲線は見事に女性的だ。女性は彼の恐怖であったのか美神であったのか▼ギーガーの妻であり、ギーガー美術館館長であるカルメン・ギーガーは卓見を述べている。「作品の中にカラスがいます。錬金術には黒色化(ニグレド)というプロセスがあり、いちばん大事な最初のステップです。黒色化によって魂の問いに迫り、自己を内省するのです。ハンスの絵の暗さには、黒色化と同じ効果があり、見る者を自らの心の闇に向き合わせ、光を遠ざけるのです。ハンスは機械と人間を融合させることで奇怪な造型=バイオメカノイド=を作りだした」。ギーガーは同じ悪夢を見ることがあった。彼はそれを絵にした。夢は誰でも見るが、すぐに忘れるか消えるかするし、絵や言葉にして残すことはまずない。ギーガーは少年の頃、非常に繊細な感じやすい子で、姉とエジプト美術展に行ったところミイラが怖くて姉に笑われた。恐怖を克服しようと毎日曜日美術館に行き、ミイラが怖くなくなるまで見た。ギーガーが説明のつかない、悪夢のような奇怪な絵を描くのは、絵に表現すれば自分の中にある恐怖をコントロールできるからだ。作家が書くことによって乗り越えるように▼彼の絵がほとんど黒い世界であるのは、闇は悪ではなく、枯れることのない魅力の源泉だと彼が捉えているからだ。闇は無限の力を備えている。精神科医ならギーガーの闇を潜在意識と呼ぶかもしれない。善にも悪にも成り替わる混沌。生まれた作品は男女の性別を超えた異世界の生物。人にして邪神、邪神にして創造主。既知の領域ではなく魂を誘い込む未知の領域。光のアリバイには闇がなくてはならない。闇の存在証明に光がなくてはならないように。ギーガーの絵に鈍く照り返る微光は、闇世界にも差し込む光があることを、彼は信じていることを思わせる。