女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「銀幕のアーティスト」

2018年12月30日

特集「銀幕のアーティスト9」⑧
マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年(2017年 ドキュメンタリー映画)

監督 マイケル・ロバーツ

シネマ365日 No.2709

美しい足を愛した男 

銀幕のアーティスト特集vol.9

 通販でマノロ・ブラニクの靴の値段をみた。10万円台がずらり。コンコルドの機首のようなシャープな爪先。スイーツのように人を惹きつける甘く繊細な彩り。マノロ・ブラニクは1942年1127日、カナリア諸島のサンタクルスで生まれた。幼少期は「天国に住んでいるような恵まれた環境だった。古い美しい家で、父親は何語でも話せた、偉大だった。母は心のやさしい人で絵がうまかった。僕の創造性は母の遺伝だ」。靴とは何か。マリリン・モンローが言っている。「とっておきの靴を得た女は、世界だって征服できる」。そうか。シンデレラの世界も靴で決まったものね。多数のセレブのマノロ賛辞で映画は埋まる。マノロの転回点を作ったのは故ダイアナ妃だった。長身ゆえ、彼女が愛用するのはローヒールだった。ある年のクリスマスに、ダイアナがマノロの店を訪れた。後日サーペンタインに現れたダイアナがハイヒールを履いていたことが世界を驚かせた。これを境にマノロの名は世界的になった▼カナリア諸島の美しい環境で、マノロはチョコレートの包み紙でトカゲに靴を作った。シューズデザイナーとなってからも、庭の植物の手入れに余念がない。このドキュメントを見て、いちばん惹かれたのは彼の人柄だ。「マノロを動物に例えれば極楽鳥だ」という例えは、彼のキャラにピッタリなのだろう。「壁に当たったことがない。エラそうに聞こえるかもしれないが、自分で作れることが幸せなのだ」。ファッションとはおしなべて、クリエイトの全てがそうであるように、空想であり、現実逃避だとこのドキュメントは断言する。マノロは自分を別世界に導く環境づくりとして自分の店のオーナーとなった。1972年ロンドンのチェルシーが旗艦店になる。俳優のルパート・エヴェレット(「アナザー・カントリー」「聖トリニアンズ女学院」)は店でマノロと初めて会った。「マノロとはセックスの話を出会った当初からしていたよ。僕の全てを認めてくれた。彼が作る男性の靴は女性の靴より女性らしい」▼彼はイギリスに永住権を持ち、バースの閑静で広大な邸宅に一人で住む。「結婚は考えたことがないと思う」と45年来の友人は言う。マノロ本人も「誰とも一緒に住みたくない。孤独な人間? いいや、人に電話しまくっているよ」。病気と健康に関して周到に配慮する。「人がポテトチップを食べている姿は私の頭をおかしくする。ビネガーもごめんだ。フィッシュ&チップスからは逃げ出すよ」。子供の頃から偏食家でバナナが好物だった。彼の家はバナナの農園だったからだ。プラド美術館のキュレーター、マヌエラ・メナはマノロが一度見ただけの、ベラスケスとゴヤの展示位置が変わっていると、数年後に指摘したことを「ものすごい記憶力よ。普通の人には気がつかない」と驚いたが、彼は多分絵の中の人物の靴を覚えていたのだと思う。エピソードは数多い。「セックス&ザ・シティ」のサラ・ジェシカ・パーカーが泥棒に遭遇した時「その靴だけは置いていって」と頼んだのがマノロ・ブラニクだったとか。ジュリー・クリスティ(「ドクトル・ジバゴ」)は「マノロの靴を履くと簡単に楽しくなれるの」▼暖かい色、大人の落ち着き、紡ぎだす夢幻の変化、快適な履き心地、ピンヒールで走れるのは世界でマノロの靴だけ…マノロの生産は子供が夢中になって作り出す夢に似ている、だからこう言えるのだ。「壁に当たったことがない。自分で作れることが幸せなのだ」。ホモ・ルーデンス(遊戯的人間)の極致がそこにある。