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特集「銀幕のアーティスト」

2018年12月31日

特集「銀幕のアーティスト9」⑨
ナチスの愛したフェルメール(2016年 事実に基づく映画)

監督 ルドルフ・ヴァン・デン・ベルフ

出演 ユルン・スピッツエンバルハー/リザ・フェリン

シネマ365日 No.2710

アウトサイダーの誇り 

銀幕のアーティスト特集vol.9

 「ヒトラーの贋札」というとびきりの映画があった。収容所の捕虜たちに贋札づくりが指示される。ヨーロッパ経済を混乱させる、大量の贋札を市場に導入する計画だ。完全な贋札を作ることができなければ捕虜を一人ずつ銃殺していく。贋作名人は命がけの贋札作りに没頭する。誰にも見破れない真の贋札(?)がついに完成した…。アンドレ・ジイドに「贋金作り」がある。パトリシア・ハイスミスの「リプレーズ・ゲーム」は、偽物を「本物より価値がある」とみなしていたハイスミスの小説だ。アーティストたちの贋造への憧れには、抗しがたいものがあるらしい。何となれば(創作に本物も偽物もあるか、作られたものはすべからくアートなのだ)…彼らはこううそぶくのだ。偽物造りというからくりによって真実を作り出す醍醐味がわかるかね、と▼本作の主人公ハン・ファン・メーヘレン(ユルン・スピッツエンベルハー)は画家だ。低俗な駄作、諷刺画家、意味不明、洞察力なし、独創性も個性もないと酷評され、自分の技量を認めない連中への復讐として、フェルメールを贋作する。1920年代だ。フェルメールは市場に出回っていなかったし、どこかの貴族が屋敷に蔵していた作品だといえば通用した。ナチのゲッペルスが気に入り、ハンの描く偽フェルメールは次々売却された。ハンは妻子がいたが、貴族の妻で女優であるヨーランカ(リザ・フェリン)に魅了され、彼女をモデルに描き、夫の嫉妬を買う。彼は美術批評家で大学の教授で、ハンを目の敵にして彼の絵には才能がないと酷評したのも彼だ。それは当たっていた。ヨーランカもそう思っていた。しかしこの傲慢な男には贋作の才能があった。ヨーランカは類い稀な彼の贋作に惚れ込み夫と離婚したのちハンと結婚した。ゲッペルスにフェルメールを売ったことで、祖国の宝を敵国に持ち出した売国奴として、ハンは反逆罪に問われ刑務所行き。「フェルメールをどこで入手した」という質問に「入手などせんよ。俺が描いたのだよ」▼劇中、300年前のフェルメールの筆致を表すために、また真贋判定法をくぐりぬけるために、ハンが駆使した贋作技法が具体的に描かれるのが面白い。古びた色合い、絵の具や絵筆から溶剤に至るまで自ら手作り。絵の表面にフェノール樹脂を塗り炉で一定時間加熱。何度も失敗したのち、アルコール判定法でも見破れない技法を体得する。これが贋作の傑作「エマオの食事」(1936)だ。フェルメール研究家たちがその技量を認め、ボイマンス美術館が買い上げた。裁判で反逆罪は無罪、詐欺罪としては最低の禁固1年だった。ところがハンは判決の1カ月後、心不全で没した。58歳だった。長年の不規則な生活とアルコール依存症もあったが、思うのだが、贋作という生きがいを奪われた彼は抜け殻同然になってしまったのではないか▼もともと「復讐する」という動機もおかしかった。天才でないことは自分がいちばんよく知っていたのだし、最愛のヨーランカさえ「個性がない、独創性がない」ことを認めたではないか。批評はむしろ正当だった。画家としての彼にはね。彼の天才は贋作に発揮された。誰にも知られることのない「地下室生活者」として偽物を作ることがアウトサイダーとしての、真正画家の逸脱者としての彼の誇りだった。それがまばゆい日の光のもとで大偽作家として認められるなど、精気を吸い取られて当然だろう。だから死んじゃったのよ。いいじゃない。天才は天才なのだから。天はそれぞれに歩むに足る道を示したまうにちがいない。もう直ぐ来る新しい年。どうぞよいお年をお迎えください。