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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2019年1月13日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力8」③
婚約者の友人(下)(2017年 恋愛映画)

監督 フランソワーズ・オゾン

出演 パウラ・ベーア/ピエール・ニネ

シネマ365日 No.2723

生きるエンジン 

 アドリアンがホテルに帰り、部屋の鏡を見る。鏡に映っているのは者悲しげなフランツだった。アドリアンは、わざわざフランスからドイツまで、婚約者に詫びて許しを乞うためやってくるほど心の繊細な青年です。アンナは最初こそ恨み辛みでいっぱいだったけど、彼のやさしさに惹かれていく。アドリアンに出した手紙が宛先人不明で帰ってきた。心配するアンナに「フランスへ行って確かめなさい」と母親は言う。本当にいいお母さん。でもアンナはいかない方がよかった。アドリアンは裕福な家の一人息子で母親の決めた幼馴染と結婚を決めていた。母親はアンナを一目見て「あなたを奪いにきたのよ」とアドリアンに言う。監督は映画の前半、あれほど洗練されたやさしさで魅了したアドリアンを、フランスでは人が変わったようなヘタレ男にしてしまいます。「結婚は母が決めたのだ」と言い訳するなんて、アドリアン。いい年をして、ああ、みっともない▼彼の婚約者は聡明な女性で、アンナの気持ちを汲み取っています。アンナは両親を心配させまいと嘘の手紙を書く「アドリアンは毎日パリを案内してくれる。パリ管弦楽団のコンサートマスターになり、オペラ座で演奏している、私もピアノで合奏することがある。帰独するのは数ヶ月先になると思います…」彼女はその間、パリで何をするのか。ここからがオゾンの真骨頂です。ある日ルーブル美術館に来たアンナは、フランツが好きだった「自殺した男」の絵の前に行く。あたりには誰もおらず、若い男性だけがベンチに腰掛け、同じ絵を見ていた。アンナは彼の隣に座る。視線は一緒の絵に注がれる。青年が訊く「君もこの絵が好きか」「ええ。生きる勇気が湧いてくるの」。ここ「まぼろし」で、死んだ夫の幻影に向かって走っていくシャーロット・ランプリングを想起させませんか。アンナは幻影こそ見ていないけれど、心の中でフランツを見ている。アドリアンはホテルの部屋の鏡の中にフランツを見る。アドリアンもアンナも、嘘によって真実を隠し、架空の存在の陰に身を潜めた。わたし、オゾンとパトリシア・ハイスミスは精神的姉弟だと思ってしまう。妄想の中に現実を、虚無の中に真実を見出す。ハイスミスはイマジネーションで思い描くこと以外に真実はないと断言していますし、オゾンが私たちに見せる美しい映像、「スイミング・プール」「17」「まぼろし」は全て現実の外側、主人公たちの精神の内側で演じられた劇でした▼この映画は嘘に始まり虚無に終わるのです。虚無も嘘も妄想も、人の心を救うものならそれでよいではないか、リアルな現実とは知覚するものに過ぎない、自分自身が構築する仮想現実にこそ、自分の本心があると思えるなら、それは生きる価値にならないだろうか。人には自分が安んじる場所が必要だ。価値とは人それぞれが異なったものを持っていてよく、比べることもなく、競うこともない。それは自分が望んだものであって、人から強いて見せられるものとはちがう。強く激しく渇望した心の状態なのだ。オゾンは虚無とわかっていて思い描く妄想を、生きるためのエンジンとして捉えています。