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特集「おっさんズ」

2019年2月2日

特集「おっさんズ」② ニコラス・ケイジ2
マッド・ダディ(2018年 ホラー映画)

監督 ブライアン・テイラー

出演 ニコラス・ケイジ/セルマ・ブレア

シネマ365日 No.2743

ただの「パパとママ」 

特集「おっさんズ」①

 ニコラス・ケイジなくしてこの映画は成り立たなかったとさえ思います。突如親たちが凶暴化し我が子を殺害する。自分の子供に襲いかかり、次々殺していくという異常な映画です。どんな展開になるのか考える余地も与えず、ブライアン・テイラー監督はシャキシャキ場面を切り替え、それでいて「わからん奴はわからんでもいい」などという高踏的態度で観客を置き去りにするのではない。反抗期で母親を冷笑する思春期の娘、家中足の踏み場もないほど玩具で散らかして父親を憂鬱にさせる幼い息子、幸福であった、いや家族とは幸福であると信じていた家庭に「こんなはずではなかった」という虚無感がひたひたと押し寄せるパパとママ。原題が「パパとママ」というのは暗示的です▼例えばこんな会話。事件の3週間前、地下室にビリヤードの台を置いた夫ブレント(ニコラス・ケイジ)に妻ケンダル(セルマ・ブレア)が「ビリヤードなんか、好きでもないのに。いくらだったの」と冷たく聞く。「家に大人のためだけの場所があってもいいだろ。仕事だってキライだ。俺はビッグになりたかった。世界は思い通りになると信じていた。昔の俺は無敵だった。女は100%ものにした。まさかこんな疲れ切ったオヤジになるなんて。腹は出るし耳毛も鼻毛もひどいものだ。年収は14万5000ドルから4万5000に落ち込んだ。こんな人生に何か意味があるのか」妻「私だってそう。家庭を持つという夢には不安と密かな高揚感があった。でも結婚すると想像していたものとは違った。辛いことや手に負えないことが多い。そういうものなのよ。夢が実現したらその先には…」夫「何もない。俺はブラントだったし君はケンダルだった。今じゃただのパパとママだ」。この会話とても応えたわ。夢は摩滅し希望は変質する。そんなこと聞かされても何にもならない。あるのはただ感動が摩滅した現実▼テレビは集団発狂の原因は「人類の殲滅を目論む何物かが、生物兵器か神経ガスによって子供を守るという人間の本能を破壊している」と報道するが、監督にとって原因などどうでもいいみたい。パパが言うには「何が起きたかわかっているさ。ホルモンさ。今お前らが生きている世界は何でもネットで見放題。いろんなおもちゃを口やケツに突っ込んだりする。昔は雑誌しかなかった」どんな雑誌や▼部屋に閉じこもった子供たちに浴びせる言葉も荒々しい。「クソガキども。さっさとドアを開けやがれ」「万能ノコギリは何でも切り裂けるのよ!」「私たち家族でしょ。話し合いましょう」と娘が懇願すると、ママは娘の口癖を真似し「どうでもいい」。母親をバカにする娘があまり憎らしかったので、どことなくスッとした人はヤバイかも。助けに来た娘のボーイフレンドはママのハンマーでガツン。二階から突き落とされる。玄関のチャイムが鳴って出てみると、パパの両親だ。おじいちゃんとおばあちゃんだ。おじいちゃんのメル役がランス・ヘンリクセン。懐かしや「エイリアン」のロボット人間です。メルがいきなりパパを、おばあちゃんがケンダルをブスッ。もう親も子もありません。生き地獄と化した家の中でパパが言う。「お前たちを世界中の誰よりも愛している。でもパパたちは時々どうしようもなく、お前たちを殺したくなる」。歯を食いしばったニコラス・ケイジの凄まじい形相で映画はエンド▼「共感する親は少なくないと思う」なんていうレビューもありました。名前を、アイデンティティを失うことが、逸脱と暴力と殺人への潜在意識を赤剥きにする。寓話的というには毒気がありすぎますが、凡庸ではないと思えます。