女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ベストコレクション」

2019年2月27日

特集「春の星/如月のベストコレクション」⑰ 
女は二度決断する(下)(2018年 社会派映画)

監督 ファティ・アキン

出演 ダイアン・クルーガー/ウルリッヒ・トゥクル/デニス・モシット

シネマ365日 No.2768

クレバスに立ったとき

特集「春の星/如月のベストコレクション」

 判決。「被告人二人を無罪とする」。法廷はどよめいた。裁判長「今日の判決は被告人を無実とするものではない」と断りながらも「犯人と断定する証拠が不十分である。疑わしきは罰せずの原則に基づいた結果である」とします。カティヤは打ちのめされた。「シュケルジ(カティヤ)は被告人を現場で目撃したと主張したが、この証言の有効性は判断できない。シュケルジが麻薬検査を拒否し、その証言能力の鑑定を実施できなかった」。カティヤの脇腹には「サムライ」のタトゥーがある。彼女は裁判後、そのタトゥーに赤い蛇をからませた。偽証した証人の経営するホテルを突き止め、ギリシャまで車を走らせ旅客を装い「ここにはドイツ人は来ないし来たこともない」ことを突き止める。ガーデンセンターで肥料、軽油、釘を購入し「釘爆弾」を作った▼被告人たちはキャンピングカーで、海辺で寝泊まりしていた。小藪に潜んで待機しているカティヤの耳に「あの女が追ってきたぞ。上告に備えて探っているのだ。女が現れたら頭をカチ割って家族に送ってやる」そんな会話が聞こえた。カティヤは爆弾をキャンピングカーの下に置き、爆発させるチャンスを待つ。一夜明けた。朝の海辺に小鳥が来てさえずった。ダニーロから電話。「上告しよう。手続きの起源は明日だ。上告して今度こそ終身刑を食らわすんだ」。カティヤは小さく「もうやりたくない」と答える。犯人の爆殺を準備完了しながらカティヤはいったん断念する。静かに寄せる波と車の窓に止まってさえずる小鳥の風景があまりに平和で安らかだったからだ。しかしホテルで夫と息子と過ごした海辺のバカンスの思い出、息子の「ママ」と呼ぶ声に微笑んだ翌日、カティヤは車に向かった。足取りにためらいはない。ドアを開け、入る。爆音とともに車は炎上した▼ラストに字幕が入る「2000〜2007年、極右テロ組織NSUは移民9名と警官1名を射殺し、爆弾テロを行った。標的は常に外国人だった」。カティヤの行動は結果的に「法で裁けないなら自分でやる」復讐かもしれませんが、少し短絡的なように思います。母親や親友まで頑なに遠ざけ、孤立を決めたカティヤには希望などかけらもない、励ましも虚しい。爆死を選ぶ彼女に見えていたのは底なしのクレバスしかなかった。警察も裁判官も、いや社会が一様に夫を犯罪者にしたがっているとカティヤには映った。どんな裁判も信頼できなかった▼ラストに至るまでに、カティヤとダニーロは極右グループに襲撃されるのではないか、カティヤが拳銃かライフルを求め、被告人夫婦を、あるいは憎らしい(彼にすれば正義なのですが)弁護士を狙撃するのではないか、などと想像を巡らせたのですが、最も悲劇的な幕引きでした。ファティ・アキンのもう一つの傑作「そして、私たちは愛に帰る」は、最愛の一人娘を異国で殺された母親の再生でした。かつて自作で母親に生きる希望を取り戻させた監督は、本作では絶望のまま終わらせています。この非情が、この喪失が人生にはある。誰の前にも黒い深いクレバスはある。それを覗き込んだ人間はどうしたらいいのか。無限に重い過酷な問いの前に立たされました。