女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集 LGBTー映画にみるゲイ

2019年3月1日

特集「映画に見るゲイ11」275 
リプリー(上)(2000年 ゲイ映画)

監督 アンソニー・ミンゲラ

出演 マット・デイモン/グウィネス・パルトロー/ジュード・ロウ/ケイト・ブランシェット/フィリップ・シーモア・ホフマン

シネマ365日 No.2770

彼は彼女なのだ 

特集「映画に見るゲイ11」

 リプリーの特異性は、原作者パトリシア・ハイスミス(パット)の人間観によります。人は誰でも二面性がある、心の中は善人100%でもなく悪人100%でもない、なんて平凡なつかみ方ではない。原作が発表されたとき、実に不愉快な小説であり主人公でありながら、魅力的だと評された。主人公リプリー(マット・デイモン)は「成りかわり」の化身です。貧しい境遇から大企業のセレブの御曹司ディッキー(ジュード・ロウ)に。彼はヨットを乗り回しイタリアに滞在、遊び暮らし湯水のごとく金を使い、恋人は作家志望の美人マージ(グウィネス・パルトロー)▼父親の頼みを引き受け、2年間イタリアから帰らないディッキーをアメリカに連れ帰るのがリプリーの役目だ。ディッキーはいきなりリゾート地に現れ、プリンストン大学の同窓だと馴れ馴れしく自己紹介するリプリーの嘘をすぐインチキだと見破る。なぜならリプリーはダサくて教養もなく、上流階級の品の良さなど皆無だ。こいつ、どこの馬のホネだ…しかし犬のごとく自分にすりよるリプリーを、当分そばに置いておくのも面白いかと、金持ちの道楽息子独特のサド感覚で使用人のごとくあしらう。リプリーはジャズクラブに入って下手くそなサックスを吹くディッキーにすっかりいかれてしまう。移動する列車の中で、眠るディッキーの胸に頬を寄せ、匂いを嗅いでいると「列車に乗るといつもそれをやるな。気味が悪い。ブキミだよ」とガツン。リプリーに飽きが来たディッキーは「サンレモのジャズ祭で別れよう。僕らの最後の旅だ」あっさり引導を渡す。それなのにリプリーは「君の生き方はすべて好きだ。恋をしている気分だよ」「マージと結婚する」「どうして。僕を愛しているのだろう」「愛してないよ。もう消えて欲しいのだよ。君といることに疲れた。君は寄生虫のように離れない。ウンザリだ。君は退屈なのだよ」▼二人はボートの中で言い争います。リプリー「僕は自分に正直なのに君はそうじゃない。僕は素直に自分の気持ちを伝えた。僕たちの間には特別な何かがある。認めるのは危険すぎるか。マージとの不潔な関係を聞かされるのは耐えられなかった。好き放題したあげく結婚か。マージを裏切り、地元の女を孕ませた」「くだらん寄生虫め。俺になんて口を利く。同じボートにいたくない。小娘みたいに“ディッキー、ディッキー”」。リプリーはオールを打ちおろし撲殺する。そしてディッキーの死体を抱く。ここからリプリーは死んだディッキーになり替わります。パットは日記にはっきり書いています。人間にとって最も価値があるのは偽物、つまり誰かになりすました自分である。そら、そうですね。彼女に言わせれば書くことによって現実ではない虚構の世界を、ニセモノの世界を作り上げることが作家の仕事だった。そもそもアートとは、芸術とは現実に対する反自然の、作り物の世界ではないか。現実をいかに虚構によって乗り越え、自分の内的世界を創造するか、この価値観がパットの創作を貫く背骨でした。「成りかわり」とは彼女がトム・リプリーに成り代わっているのです。彼は彼女なのだ。前置きが長くなりましたが、ではどんな特異な人物を彼女は創り上げたのか。