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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2019年3月3日

特集「映画に見るゲイ11」277 
美しさと哀しみと(上)(1965年 ゲイ映画)

監督 篠田正浩

出演 八千草薫/加賀まりこ/山村聰/山本圭

シネマ365日 No.2772

身も心も捧げている 

特集「映画に見るゲイ11」

 「雪国」の島村、「千羽鶴」の菊治、本作の大木を、わたくし、川端文学の「ヘタレ三人男」と呼んでいます。川端の男たちはおしなべて優柔不断で陰気くさく、ものやさしげでエゴイスト、つまり女が気の迷いにせよ、のめり込むタイプが多い。本作の大木(山村聰)なんか典型ですよ。大晦日に除夜の鐘を一緒に聞きたいと、いきなり京都の日本画家・音子(八千草薫)に電話してくる。16歳の彼女を妊娠させ、子供は早産で死亡、音子は睡眠薬自殺に失敗し精神病院に入院、退院後母親が京都に居を移し、日本画家として独り立ちした。知恩院の鐘が聞こえる料理屋で会うことになる。大木を新幹線に迎えに行ったのが音子の内弟子けい子(加賀まりこ)だ。音子に会いに行くはずの大木が、たちまちけい子に目移りする。映画は川端の三大嗜好を「妖気・魔界・デカダンス」に早やどっぷりだ▼知恩院の除夜の鐘の聞こえる料亭の座敷で、あたり障りのない話題ばかり。けい子の猫のような目がキラキラと音子と大木を往復する。小説でも映画でもさっぱりわからなかった不明点が幾つかあります。一つはけい子が「先生を捨てた男に復讐する」と決意して、大木を誘惑する、先生の代わりに子供を産んで差し上げる、というのですね。音子がひっぱたくと「ぶって、ぶって、先生」とけい子は歓喜する。復讐の理由というのが「15年前に先生はひどい仕打ちを受け、精神病院に閉じ込められた。わたしは先生に身も心も捧げて生きているのです。先生を悲しませた男を許しておけません」。「けい子さんが復讐したってわたしの愛は滅びないわ」(愛? じゃ先生はまだあのヘタレ男を愛しているのか)「わーっ」けい子は身を伏して号泣する。加賀まりこが好演です。夜、うなされている音子をけい子が見下ろしている。隣同士に寝ているのですが、立ち上がって見下ろす構図に、けい子の音子への支配願望が現れています。音子を起こすのも、ちょいちょい、と足で足を触って起こすのです。「けい子さん、私がうなされているの、見ていたの? イヤな人ね」▼けい子はするっと音子のそばに滑り込み、指を噛み積極的に行動に移す。音子「いけないわ、いけないわ」。でもね〜、昨日今日けい子は内弟子になったわけではない、二人の関係は何年も続いているのに今さら「いけないわ」が意味ないことくらいわかっているでしょ。けい子が言うには「女が女に捧げる犠牲の暮らしには無垢なものがありません。滅びてしまいそうな恐れがあります」。あーた「身も心も捧げている」のなら無垢なものがあろうとなかろうと、滅びようと滅びるまいと、気にすることじゃないでしょうが。人を好きになるっていうのは、好きな人を、好きなように好きになるのが基本でしょう。その結果が復讐? 大きなお世話だって一言いわせればすむ話を、愛だの、魔性だのと物語にするのだから、川端って因業ね。