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特集「フレンチ・ノワール」

2019年3月20日

特集「フレンチ・ノワール」⑥ 
パニック(上)(1946年 劇場未公開)

監督 ジュリアン・デュヴィヴィエ

出演 ヴィヴィアーヌ・ロマンス/ミシェル・シモン

シネマ365日 No.2789

純情男に騙しの女 

特集「フレンチ・ノワール」

 ジョルジュ・シムノン原作の映画化第二作目。1992年パトリス・ルコント監督が「仕立屋の恋」として再映画化しました。ルコントが薄刃の刺身包丁だとしたらジュリアン・デュヴィヴィエは分厚い出刃包丁。この出刃包丁に参りました。集団ヒステリーに葬られる主人公イール(ミシェル・シモン)の悲劇が恐ろしい。同時にヒロイン、アリス(ヴィヴィアーヌ・ロマンス)が、クズ男にメロメロになり、夢遊病者のように精神の崩壊に至るプロセスがゾッとする。美人で勤勉で決してアタマが悪くない女が、なんで口先三寸のダメ男のいいなりになるのだろう。女は頼られると弱いのか、自分がいないとこの男はダメになると思うからか。実社会に出たら女を食い物にして生きる男がいることを、先生は成績のいい感受性の強い、ロマンティックで読書好きの女の子ほど、しっかり教えておかねばならぬ▼アリスは模範囚で刑期が早まり、8カ月で出所した。出所後は警察の捜査する事件に協力するという条件だ。彼女はさっそく恋人アルフレッドに会いに行く。ムショ入りしたのは、彼の強盗の罪をかぶったからだ。「すまなかった」と口だけで男が言うと「いいの。あなたを愛しているから、私の誇りよ」。どこまでムカつく映画だろう。アリスに一目惚れしたのがイールだ。黒いモジャモジャヒゲで頬を覆い、肥満体でいつも首からカメラをぶら下げている。肉を買いに行けば「昨日の肉は血が少なかった」。肉屋は「あの野郎、必ずケチをつける」と苦々しげに太い後ろ姿を見送る。彼が止まるホテルは下宿を兼ねていて長期逗留者が多い。イールは根が親切なやさしい男で、階下の女の子に気さくに話しかけ、リンゴを分けてあげたりする。それを見た母親は「二度とあの男からものを貰うのじゃない」と厳しく叱りつける。ニールは占星術をやり、今でいうセラピストのような人生相談もやる。部屋いっぱいの蔵書。自分の知識に絶対的な自信があり、そのへんの連中とくだらない話はしない。超越的なニールの態度がご近所の人々には鼻もちならぬ▼ニールはアリスの行く先々に出没する。自分の部屋から向かいの建物にアリスの部屋がある。この小さな町に殺人事件が起こり、ノブレ夫人が殺され7000ドル入りのカバンが盗まれた。犯人はアルフレッドである。彼はアリスからニールという変人が彼女に恋し、付け回していると知る。ニールは孤立しているし友達も知り合いもいない。嫌われ者だ。罪を被せるのにちょうどいい。アリスはアルフレッドと町を出て結婚し幸福になる将来図に夢中になる。彼らの計画は、アリスがイールに近づき親しくなって、イールの部屋に7000ドル入りのカバンを置いてくるのだ。当今の犯罪映画から見ると拍子抜けするような単純さだが、デュヴィヴィエ監督はクズ男と女のタラシ込みをチクチクと描きこみ、超リアリティに活写する。「子供の頃から愛されたことがない。ひどい家族から独立し彼と出会った」とアリスは作り話をイールに訴える。「男の犯罪を手紙に書いて警察に出せば簡単に別れられる。君はいま危険だ。いますぐ連れ出したい」。イールは砂州に建つ古めかしい屋敷にアリスを連れていく。「僕の家だ。ある日出ていってから一度も帰っていない。母は弟を可愛がり僕は誰にも好かれなかった。結婚はした。妻は美人だった。僕が入院中、妻と親友が出会い愛と友情を一度に失った。僕は写真を撮るようになった。路上生活者、泥酔した女、虐待でおかしくなった女の子。不幸な人たち。不道徳な犯罪。同情しないと決めた」であるから、イールもかなり偏執的である。そこへアリスが蜜を垂らす。「あなたを誤解していた。あなたと会って人生の幸福を味わった」「ここで僕と暮らすかい」「今夜あなたの部屋に行って返事をするわ」こんなカタログのような大雑把な口説きで、いい年をした女がその気になるだろうか。なる、女ならと毫も疑わないデュヴィヴィエが最も偏執的かもしれない。

 

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