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特集「ベリッシマ(美少女)」

2019年5月11日

特集「ベリッシマ(美少女)」②
ヴァージン・スーサイド(2000年 社会派映画)

監督 ソフィア・コッポラ

出演 キルスティン・ダンスト/ジェームズ・ウッズ/キャスリーン・ターナー/ジョシュ・ハートネット

シネマ365日 No.2841

繭の中の少女たち 

特集「ベリッシマ(美少女)」

 美しい5人の姉妹が全員自殺するという暗黒メルヘンの映画。少女期とは、少なくとも本作の子供たちとは、ものうげで怠惰で、空想と現実がいつも交錯する生活。例えば同じ5人姉妹が主人公でも「裸足の季節」の硬派バリバリの仕立上がりに比べたら、将来ある若い娘の自殺という、最悪の事態を描いても現実離れした遊離感が否めず、またそれが綺麗に仕上がっているのだ。とりとめのない世界で途方にくれる大人子供の女性たちを、これほど甘く切なく、豊かに感情移入できる監督は珍しい▼それに末っ子が自殺した後、四女のラックス(キルスティン・ダンスト)が、ボーイフレンドのトリップ(ジョシュ・ハートネット)と一夜を共にし、それもラグビー競技場の芝生の上で野宿。目が覚めたら男に置き去りにされていた。タクシーで帰ったが、しつけに厳しいママ(キャスリーン・ターナー)は娘たち全員に外出禁止を言い渡す。よって一日中部屋に閉じこもってゴロ寝する思春期の女の子たちのしどけない肢体。部屋に一歩入ったとたん、生臭い体臭がムンムンするような強烈な映像だ。ソフィア・コッポラは女の子のゴロ寝が好きですね。「ロスト・イン・トランスレーション」でも、スカーレット・ヨハンソンがベッドでゴロリ。何するわけでもなく寝転んでいる。確か彼女のお尻のプリプリ感まで撮っていたように記憶する。姉妹たちのゴロ寝というか、フテ寝というか、彼女らは悩みも憂いもありそうにない。末っ子セシリアの自殺は残る姉妹に暗い影など落としていない。それどころか本人は「なぜ君のような若い子が命を粗末にする」という医師の言葉に「先生は13歳の女の子じゃないもの」と答えている。自殺でさえポップである▼父(ジェームズ・ウッズ)は高校の数学の教師で、模型飛行機に現実逃避。母親は良家のしつけに頭がいっぱいの現実家で、娘たちの脳内にあるファンタジーには共鳴が難しいとしても、彼女なりにしっかり愛している。それを精神科医から「しつけが厳しすぎる」と言われるのは同情する。娘たちこそ女の子同士で毎日毎晩何をしゃべっていたのだろう。セシリアの日記を読んだ近所の男の子たち(彼らが語り手だ)が「彼女らは愛も死も知っていたのに、僕たちは騒々しいガキだった」と回顧していたが、愛も死も語り合っていた気配はない。ここが手薄なのでシスターフッドというには掘り下げがないし、メルヘンというには、ビザの宅配ボーイを屋根に引き上げての乱行など、どこがメルヘンかい▼少女期はサナギが蝶になる前段階であり、人生の「島」のような時期だ。普通は痛みを知りながら脱皮して羽ばたくか、「島」から大海に泳ぎだすかする。この映画はどっちもさせず、集団自殺みたいな結末を迎える。両親は家を売り「まともな生活」を捨てたらしい。廃墟のような家に枯葉が舞っているラストは虚しさの一言に尽きる。セシリアの自殺から1年、街は工場の廃液で湖面に藻が繁殖し、沼地のような臭気が住宅地にも広がった。ああ、そう。繭に入ったままの少女たちというのは窒息死と衰退の象徴だったのね。彼女らに青春の出口を与えると散文になってしまうから、詩のままでエンドにしたのでしょう。鋭利な感覚だけど付き合うの、しんどい映画だわ。