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特集「最高のビッチ」

2019年6月3日

特集「最高のビッチ8」③ シモーヌ・シニョレ1 
嘆きのテレーズ(上)(1954年 恋愛映画)

監督 マルセル・カルネ

出演 シモーヌ・シニョレ/ラフ・バローネ/ローラン・ルザッフル

シネマ365日 No.2864

ふと思い出す女優 

特集「最高のビッチ8」

シモーヌ・シニョレはいいなあ。いい女優はいつ見てもいいですね。シニョレという媚びない女優を、これまた媚びないマルセル・カルネ監督が突き放しながら、テレーズに同情もせず、哀れにも描かず、しっかり者の女性が恋で破滅するプロセスを淡々と映す。精巧なショットの積み重ねが残酷なラストまで息もつがさず盛り上げます。「肉体の冠」で英国アカデミー賞主演女優賞を受賞してから、シニョレの30代は俄然充実してきます。本作のあと「悪魔のような女」「サレムの魔女」(再び英国アカデミー賞主演女優賞)、そして「年上の女」でアカデミー主演女優賞。しかしながらシニョレのすごいところは中年以後にますます存在感を示したこと。「帰らざる夜明け」ではアラン・ドロンと共演、逃走中の殺人犯と束の間の恋に落ちる田舎の主婦を。シニョレは50歳でした。アラン・ドロンはよほど手応えを感じたのか、次作「燃えつきた納屋」で再びシニョレを指名。家族を守り頑なに捜査の介入を拒む農婦のシニョレに、アラン・ドロンさえ影が薄くなっていました▼娼婦を演じても居酒屋の女将をやっても、レジスタンスの闘士であっても、シニョレの役作りには濃い影だけでなく温かみがあります。知性的でクールだ。額に深いしわを刻もうと、引き結んだ唇がますます強情に見させようと、卓抜な画家がどんな凡庸な風景やモデルにも、美しさのかけらを見逃さないように、シニョレの女の把握には薄っぺらなものがない。女なら実感できる、そんな共鳴振動が伝わって、彼女に女性ファンが多いのもわかる気がする。「悪魔のような女」では、相方の女の尻を叩きながら、殺しの準備を夕食の皿を並べるようにテキパキ処理する仕草がいかにもシニョレらしかった。本作でも笑顔がない。ニコリともせず絵になる女優といえば、ふてくされたジャンヌ・モローに無表情なカトリーヌ・ドヌーブ。眉ひとつ動かさないシニョレ。愛想もコソもない女優に惚れ込んだ監督たちが、映画史に残る作品を撮ってきた。「死刑台のエレベーター」(監督ルイ・マル)「昼顔」(ルイス・ブニュエル)そして本作▼シニョレの夫イヴ・モンタンが浮名ばかり流していたのも、どうあがいても頭が上がらなかった妻への裏返しのようにも見える。ついでだから言うと「夕なぎ」でモンタンとロミー・シュナイダーが共演したにもかかわらず、モンタンが手を出さなかったのは、シニョレとロミーの濃い関係を知っていたからだと、ミヒャエル・ユルクス(「ロミー・シュナイダー事件」)はほのめかす。ドイツ生まれのシニョレはドイツ語、英語に堪能だった。私生活が不幸続きだったロミーにとって、ふところの深いシニョレが支えとなったのだろう。晩年の傑作に「これからの人生」がある。ボロアパートで、娼婦の子供たちを預かる年老いたユダヤ人の娼婦を演じ、シニョレはセザール賞主演女優賞、作品はアカデミー賞外国語映画賞に輝いた。人は移ろう人生の途上で、何かをしみじみ噛みしめたくなる心情にとらわれることが誰にでもある。シニョレはそんな時にふと思い出す女優なのだ。