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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2019年6月20日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力9」⑧ 
薬指の標本(下)(2006年 ファンタジー映画)

監督 ディアーヌ・ベルトラン

出演 オルガ・キュリレンコ/マルク・バルべ/エディット・スコブ

シネマ365日 No.2881

ラボを脱出しな! 

美しい虚無9

技師はイリスにこう言って迫った。「標本にしたいものがあるはずだ。悲しい思い出は? 惨めな辛い思い出、心残り、気詰まりで嫌な経験は?」「薬指の先を失ったわ。指はレモネードの中に」「薬指は元に戻らないのか」普通じゃない会話ね。思い出がどうしたら標本になるのよ。技師のペースに引きずられ、奇妙な夢幻世界にイリスは巻き込まれていく。思い余って「靴は危険だ」といった靴磨きのおじさんを訪ねた。「文鳥の標本はどうした」とおじさん。「保存液の中で骨が白く浮いているわ」イリスの靴を磨きながら「この靴は贈り物か。愛する人かね」「わからない。その人と離れられないの」「この靴のせいさ。すぐ脱がないと一生囚われの身だぞ。この靴を標本にしたらどうだ」「自由になりたくないの」「ラボに戻るのか。もう会えないな。元気で」▼意味深だわ。イリスは変態技師に殺されるから「もう会えない」と言っているみたい。イリスには囲われ願望があるのでしょうか。人生に疲れ切ったほど生きた年齢とも思えないのに、衣食住に事欠かない、カゴの中の鳥みたいに安全な場所に入ることに逃避しようとしている。証拠もなく、技師を殺人犯だと決めつけるのも、実は自信ないのだけど、状況証拠からすれば確信犯よ。イリスはラボに戻り、標本依頼書に自分の名を書き、薬指の標本を作ると決め、靴を脱いで地下室のドアを開く。ここでエンド。イリスが失ったものは薬指でなく生きるリアリティです。生活感を喪失し、足元がグラグラしているときにイマジネーションを操られた。彼女が部屋をシェアしている船のドックの青年が、デートしたいといったときが現実に立ち戻れる唯一のチャンスだったのに、男が待ち合わせのバーで娼婦といちゃついていたからと怒って二度と会おうとしなかった、というよりやっぱりおじさんがいいわ、と媚薬みたいな変態を選んじゃう▼ラストで靴を脱いだというのが、せめてもの救いで、イリスが自分に立ち返る可能性を暗示していますけど。だいたい75室もある建物のほとんどが、女子寮以来50年の間にこしらえた標本で埋まっているなんて、それに223号室も薄々技師のやっていることに察しはついている。彼らは同じ穴のムジナよ。標本にしてつらい過去や思い出を永遠に分離し保管する? そんなことしなくても、抱えていたくないつらいこと、苦しいことは、心の自然治癒力が時間とともに癒してくれるわよ。人間って案外強靭で利己的で自己保存本能に長けているわ。偽善的な変態の口車に乗らなくてもね。だからイリスは、靴を脱いで憑き物を落とし、さっさと薬指の標本を作って忘れたい過去とオサラバし、おじさんはどうせ何かしでかそうと抱きついてくるだろうから、一発蹴りをかましてラボを脱出することね。

 

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