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特集「頑張るドイツ映画と女性監督」

2019年6月29日

特集「頑張るドイツ映画と女性監督3」⑨
シューマンズ バーブック (2017年 ドキュメンタリー映画)

監督 マリーケ・シュレーダー

シネマ365日 No.2890

「弱さが2」

特集「頑張るドイツ映画と女性監督3」

ミュンヘンのバーのオーナー、チャールズ・シューマンがベルリン、ニューヨーク、ハバナ、東京のバーを巡り、バーテンダー(たいていオーナー)たちとバーについて語り合うドキュメント。シューマンという人の人柄や世界観ゆえだろうけど「極めた人」の知性と品格が短い会話や所作ににじみ出てとても気持ちのいい映画だった。しかしながらバーは男性のものなの? やれヘミングウェイが家族で行ったパリ・リッツ・カールトンのバーだとか、彼が有名にしたハバナのダイキリだとか紹介され、シューマンは穏やかに相槌を打っているのだけど、バーの壁にズラズラ貼ってあるヘミングウェイの写真が何だっていうのよ。バー文化とは確かに男性が一人楽しむ、くつろぎとステータスの空間だったかもしれない。でもシューマンは当時高級ホテルにしかなかったバーを1982年、ミュンヘンのマキシミリアン広場にオープンした。男友達や彼氏と一緒に行くバーならありかもしれないけど、女子用はなかった時代、女性が女友達や家族と行けて食事もできるバーは革新的だった。バーだけじゃないわ。着るもの、履くもの、読むもの、食べるもの、女を味方にした男が成功するのよ▼自分の理想のバーとして彼は「シューマンズ・レ・フルール・デュ・マル」(「悪の華」)を2013年開店した。この店はドイツの年間最優秀バーの最高賞を受賞した。日本のオーセンティックなバーをコンセプトにしたという。東京のバー・ハイ・ファイブのオーナーであり、バーテンダーである上野秀嗣さんを訪ねシューマンはこう訊いている。「あなたは有名人で世界のベスト・バー50の常連です。理由は? マスコミといい関係なのか、それとも東京で最高のカクテルを出すからなのか」対して「認めてもらうのは嬉しいですが、自分のできることをしているだけ。英語を話すバーテンダーが少なかったことも幸運だったかも」▼「流行は僕を無視して動く」「私は経営者というよりバーそのものだ」「世界的に優れたバーとは、伝統的な飲み物を調合できるバーテンダーがいるバーだ。シェイクはサーカスの出し物じゃない。体を止めシェーカーを振るべし」「大きなバーで働くより、小さなバーの方に危険が多い。お客との距離が近いからだ。その分、酒やタバコやドラッグとも近い」「完璧なバーを探して旅し、2005年ニューヨークのエンジェルズ・シェアで悟った。完璧はやめよう。それを決めるのはお客様だと。素敵な店だった」「バーテンダーは社交的だ。乗客をうまくもてなし、うるさい客は手なづけ、泣き上戸を癒す。簡単そうで最も難しいのは、お客にどんな酒をいつ出すかというセンス。忘れてはならない。大切にすべきは自分が逃がした客だ」。一つ一つに含蓄が深い。彼の本「シューマンズ バーブック」を一緒に作ったグラフィック・デザイナー、ギュンター・マッタイは振り返る。「あれは大変だった。聖書のような表紙にしたいと考えるチャールズが私を教会に連れて行った。1991年、カクテルをアルファベット順に作り、少し飲んでは吐き出す。そして500種類のカクテルを作った」革新的レシピ500種類のレシピは世界中のバーでバイブルとされる「いいバーへ行く時は是非お洒落を」とシューマンは勧める。若い人にとってバーはけっして安くない。せっかく行くのだから飲み物だけでなく雰囲気も楽しめるように。彼が東京のシューマンズ・バーに来た時、大きなトランクに入っていたのはピカピカのマイ・シェーカーだった。「カクテルを作るのに必要なもの。まずシェーカー。素敵なグラス。アルコールは自分に合うものを。ウィスキー、ラム、ウォッカ、日本酒と焼酎も手に入りやすくていい」。素敵なグラス、というところがこの人のこだわりだと思う。要は上質のセンスなのだ。モデルでもあるシューマン。長身。銀髪。落ち着いた動作。機内の窓辺で空と雲を見る風貌は哲学者のようだ。彼はつぶやく。「まだ座るわけにはいかない。絶頂期を過ぎた私も車椅子を押され、人々に本人かと噂されるのだろうか。あっちへ行け、と言われるかも」監督のマリーケ・シュレーダーの言葉にも耳を傾けたい。「バーはSNSを離れて人と人が直接語り合う場所です。だからこそバーには歴史があり、今も次々オープンする。本作はバーのガイドではありません。本作に登場するバーは独自のコンセプトと思想を持ち、客が必ず楽しめる場を提供しています。チャールズがそれを体現しています」。女性監督である彼女がエンディングに選んだのはイヴ・モンタンの「詩人の魂」だ。「ずっと、ずっと、長い間、詩人たちが亡くなった後でも彼らの歌は広まり続ける、街の中に…」。最後に、ドキッとしたシューマンの言葉を一つ。「私の好みは強いラム酒を使ったラム・パンチだ。作り方は酸味1、甘さ2、強さ3、弱さが2」。「弱さが2」にしびれました。計ることができないものをきちっと数字に置き換えるアルゴリズム。極めた人の核はこの明晰な感性だと思います。