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アラン・ドロン特集

2019年8月7日

特集「また出たぞ、アラン・ドロン!」⑦
暗黒街のふたり(1979年 社会派映画)

監督 ジョゼ・ジョバンニ

出演 ジャン・ギャバン/アラン・ドロン

シネマ365日 No.2929

フレンチノワールの視線 

特集「また出たぞ、アラン・ドロン!」

 アラン・ドロンが自作の映画ベスト5に本作をあげたのを見て意外だったのを覚えています。ちゃんと見直して、腑に落ちました。俳優アラン・ドロンとしてさぞ満足する出来栄えだったのでしょう。しかも組むのはジャン・ギャバン。大げさに聞こえたらすみません、でもわたし、本作はフレンチノワールの代表作に恥じぬ芳香を放っていると思うものであります。どこが、というと、アラン・ドロンが裁判で死刑判決を受ける、判事、検察、陪審員、彼にはみな敵に見える。前科があり、保釈中の身で警官を殺した。重罪だ。そんなことはわかりきっている。しかしいちばんの悲劇は、自分の人生にはもうどこを探しても、希望とか未来とかいうものはカケラもないのだと絶望する。そのときの表情。深い内面の表現に、新鮮なショックを与えられました▼銀行強盗の首領として12年の懲役を受けたジーノ(アラン・ドロン)を、保護司ジェルマン(ジャン・ギャバン)が責任を持つという条件で仮釈放にこぎつけた。家族ぐるみで彼を温かく迎えたジェルマン一家。ジーノと妻は力を合わせて新生活に取り組んだ。昔の仲間が誘いに来てもきっぱりはねつける。妻は男たちが夫の周りに姿を現すたび、気が気ではない。不安と希望、新生活とその裏に張り付いた過去の影、意味ありげに笑いながらジーノに近づく強盗一味の気味悪さ。何が勃発してもおかしくない、そんな一触即発の暗雲を絡ませながらジョゼ・ジョバンニ監督はリードしていきます。刑務所で覚えた印刷の技術で、ジーノは印刷工場に仕事を得る。社長はジーノの前身を知っているが快く迎えた。公平な男性だった。「真面目に働く青年です。残業も厭わない。彼のおかげで新しい機械が買えた」。彼は裁判でそう証言するのだ▼先走ったが、裁判というのは、ジーノは交通事故で妻を失ったのち、今の恋人ルシーに出会う。彼女は銀行員だ。ゴワトローと言う刑事が現れた。10年前ジーノを逮捕した刑事で、再犯すると確信している。というより生理的にジーノが嫌いだ。彼の行き過ぎた監視は上司にしても異常で「いい加減にしろ」と忠告するが耳を貸さない。とうとう銀行に聴取に来る、女子ロッカーにも現れた、ついには自宅まで。「恋人が銀行強盗だと勤め先に知られてもいいのか」と脅迫する。部屋の影にいて様子を見ていたジーノは、彼女に触れようとした刑事に飛びかかり、首を絞め、殺してしまう。再び刑務所だ。面会に来たジェルマンに「すみません」。ジーノはそれだけ言って下を向く。裁判の法廷でジェルマンはまず居眠りする陪審員に「目を覚まして聞いてほしい」と要求する。ゴワトローの捜査が行き過ぎであり、彼の思い込みが罪を作ったことを指摘するが、裁判長はパズルを解くのに夢中、陪審員は居眠り、まともな法廷ではなく、ジーノの死刑求刑は初めから出来レースだった▼ジェルマンもジーノの弁護士も上告したが棄却。残る道は大統領への嘆願だけだ。それも却下。通知が刑務所に届くやすぐに死刑執行に入った。ジーノを椅子に縛り付け、一口酒を与え、タバコを数秒吸わせる。白いワイシャツの襟を、ジョキジョキ音を立てハサミ鋏で切り取り、肩をむき出しにする。目の前のカーテンが開き、ギロチン台がそびえる。重が滑り落ちた音でエンドだ。男ふたりが最後にかわす乾いた視線。何も言葉をかけないジャン・ギャバン。アラン・ドロンがジャン・ギャバンに言うセリフの二つのシーン。一つが「すみません」。一つが執行直前の「怖い」。父親に謝る息子のように、父親にすがる息子のように。受けるジャン・ギャバンは無言だ。慰めも涙もない。それが「わかっている」の男の合図なのだ。「さらば友よ」を引き合いに出すまでもない。フレンチノワールの骨頂とは無言の視線なのだ。

 

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